ガ島通信

メディアとジャーナリズムの未来を追いかける

2011年3月11日「伝えたい」想いが連鎖してテレビとネットが融合した

Ustreamユーストリーム)って何ですか?」。東日本大震災から10年ということで、ソーシャルメディアと災害に関する複数の取材がありました。ユーストリームは動画共有サービスで(現在は「IBM Cloud Video」)、ソフトバンク孫正義氏が決算説明会を配信するなど注目を集めていました。このユーストリームが、震災当日の情報共有に大いに役立ったという話が、災害を取材する記者に共有されていないことに衝撃を受けました。そこで、少し振り返っておこうと考えました。

広島の中学生が、NHKを勝手に配信

 10年前の3月11日、広島の中学生が災害の様子を伝えるNHKを、ユーストリームを使い許諾なく勝手配信していました。それが、正式なテレビ放送のインターネット再配信につながっていくという会社や業界を超えた動きを作り出したのです。経緯はUstream Asiaに在籍していた加藤さんがnoteにまとめてくれています。

note.com

テレビがない場所にいる人たちの助けに

私もこのユーストリームの勝手配信に助けられたひとりです。

あの日、立命館大学(現在は武蔵大学)にいた奥村信幸さんのゼミ発表を見学するため京都に向かっていました。飛行機で伊丹空港に降り、高速バスで京都に、大学に向かうタクシーに乗った時に「お客さん東京から?大きな地震があったみたいだよ」と言われて、初めて大きな災害が起きていることを知りました。すぐにガラケーTwitterを開きましたが、情報が錯綜していて状況はよくわかりませんでした。

会社の同僚にメールしたら返信があったと記憶しています。なので「大丈夫なのだろうな」と判断し、ご家族を心配する奥村さんに「新幹線も動いてないようなので、ひとまずゼミ発表をやりましょう」と声をかけました。Twitterを見ていると、この中学生による勝手配信が話題になっていることに気づきました。そこで、教室のディスプレイにユーストリームを写すと、津波が街を飲み込む映像が流れたのです。「大変なことになった」と思いながら、どこか別世界の出来事のようにも感じたことを覚えています。

大学のディスプレイは、テレビ放送が映らない設定でした。企業もそうで、特に都市部ではテレビがあるオフィスは少ない。しかし、パソコンはインターネットにはつながっており、外出している人も携帯電話からアクセスできるため、多くの人がこのユーストリームにより状況を把握できたのです。

関係者の「伝えたい」想いが連鎖した

NHKの勝手配信はユーストリームにより削除されず維持され、NHKと交渉に入ります。その間に、TBSによる正式な再配信が開始、テレビ神奈川、フジテレビ、そしてNHKが正式にユーストリームで流れ、その後は被災地のラジオ局などの配信にもつながっていきます。ユーストリームからNHKが流れているのを見て、ニコニコ動画を運営しているドワンゴも動き、ニコニコ動画でもテレビやラジオを視聴可能になったのです。

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「大規模災害時における的確な情報流通を可能とするマスメディア・ソーシャルメディア連携の可能性と課題」p220.222を参考に作成

この連携は、災害情報だけでなく、メディア業界にとって大きな転換点でした。

ソーシャルメディアがどう人々の役に立つのかを考えてきた自分にとっても、メディアの連携により情報を伝えることは重要だと考え、関係者へのインタビューも行い東海大学の河井孝仁先生と一緒に「大規模災害時における的確な情報流通を可能とするマスメディア・ソーシャルメディア連携の可能性と課題」にまとめました。

インタビューに答えてくれたテレビや新聞、ネットの関係者は「自分たちの取り組みは、本当に役立っているのか」「多くの人に伝えるためには、自社だけでは限界がある」と危機感を持ち、それぞれ動き出していました。中学生の勝手配信が呼び水となり、関係者の「伝えたい」が連鎖し、メディアの連携が実現したのです。

この話は、中学3年生の国語の教科書(光村図書)に『「想いのリレー」に加わろう』というタイトルで掲載されています。メディア連携、災害時の情報だけでなく、メディア・リテラシーの視点からも学べるように工夫して書いています。来年度からは新しい教科書になるとのことですが、いま高校生・大学生の皆さんには少しは知ってもらえたかなと思っています。

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 進まぬメディア連携、情報の空白を埋める取り組みを

今でこそ、大規模災害や大きなニュースがあればNHKのアプリなどでテレビと同じ内容を視聴できますし、AbemaTV(2016年開設)のようなサービスもありますが、当時のテレビとインターネットの関係は微妙でした。その背景には、2005年にライブドアによるフジサンケイグループの中核会社であったニッポン放送株買収、楽天によるTBS株買収が立て続けに起き、テレビ業界のネット企業への警戒感がありました。

一方、スマートフォンに切り替える人が少しずつ増え、ニコニコ動画はユーザーを伸ばし、Facebookが注目され始めていました。そのため、少しずつメディア連携の取り組みが始まっていました。3月10日にはNHKクローズアップ現代ニコニコ動画と連動した番組を放送したところでした。東日本大震災は、ソーシャルメディアの影響力が急拡大していた時期と重なっていたのです。

あれから10年。ソーシャルメディアの影響力は拡大し、既存メディアの影響力は低下していますが、連携は十分ではありません。奥村さんも先日以下のように書いていました。

災害の規模はさらに大きなものを想定した備えが必要になる一方、単体のメディアの実力に限界が見えるのであれば、メディアが相互協力して、情報の空白を埋めていく必要があるのは当然の帰結だと思われますが、意識改革には程遠いという印象です。

東日本大震災から10年:報道各社のインタビューを見直し、考えた(奥村信幸)

2010年にNHKがフジテレビと制作した「死者ゼロを目指せ・災害時のメディア連携」でも議論したのですが(参考:災害の死者ゼロに向け、テレビは「メディアの王様」を捨てられるか(藤代裕之) )、発災時からの時間経過に合わせて、NHKの全国・キー局、ローカル局コミュニティFMやケーブルテレビとカバーする地域の広さが異なるメディアと、検索や地図に強いインターネットで役割を分担して、必要な情報を提供していくなどが考えられます。

災害時の情報空白をどうなくすのか。メディア連携を具体的に進めるためにも、あの日の取り組みが役に立つはずです。

■参考書籍・記事 

 河井先生との研究「大規模災害時における的確な情報流通を可能とするマスメディア・ソーシャルメディア連携の可能性と課題」は以下の『大震災・原発とメディアの役割―報道・論調の検証と展望 公募委託調査研究報告書〈2011年度〉』に収録されています。

京都から実家のある徳島に帰り、ボランティア情報を集めるボランティアを立ち上げ、活動していました。ITmediaの藤村厚夫さん(スマートニュース)に誘われて活動しながら書いた記録記事が、いまでもアーカイブされていることに感謝します。

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