ガ島通信

メディアとジャーナリズムの未来を追いかける

東京こそ「情報過疎」ではないか

フリーペーパー『鶴と亀』、トランスローカルマガジン『MOMENT』など、ローカルを扱う新たなメディアの登場をほとんどの受講生が知らず、反応も鈍いー。法政大学社会学部の寄付講座・集中講義「ローカルジャーナリズム論(2020)」*1初日の講師による振り返りでこの事象を踏まえて、東京こそ「情報過疎」ではないかという議論が起きました。

ソーシャルメディアが登場し、東京を通さずに地域と地域がダイレクトにつながるようになり、面白い場所に、面白い人が集まり、メディアを作るという動きが各地に広がっています。自身が地方紙出身ということもあり、積極的に地域と関わりを持ってきました。

ゼミの夏合宿は、福島県白河市や長野県の白馬村などの地域に出かけています。2015年にはローカルジャーナリストの田中輝美さんとゼミ生で島根の『地域ではたらく「風の人」という新しい選択』という本をまとめ、2016年にはB&B城崎温泉の「本と温泉」理事長と『風の人』の編集者を交えたイベントを行いました。授業では佐賀県小城市で「おかもちカブ」でコーヒーを振る舞うコミュニティ活動をしている小石克さんをゲストに迎える、といった様々な情報提供を学生に向けて行ってきました。 

そのような活動を通し、首都圏出身者が多くなり(地方出身は3割)ローカルメディアへの関心以前に、存在を知らないという問題意識をもったことが「ローカルジャーナリズム論」開設の背景なので、受講生の反応は予想通りではありましたが、地方紙・地方局に勤める講師には驚きがあったようです。

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宮崎県新富町の地域商社「こゆ財団」=2017年撮影

沖縄のメディアは楽園のイメージ 

例えば、 記憶の解凍プロジェクトや「沖縄戦デジタルアーカイブ」に取り組んでいる沖縄タイムスの與那覇里子さんの授業では、沖縄のメディアへのイメージを受講生に聞きましたが、観光と災害(台風でよく出てくる)といったものが大半で、ソーシャルメディアで言及される「マスゴミ」「プロパガンダ」など批判的なコメントは数件でした。

「観光地としてのイメージアップに取り組んでいると考えていた」「楽園のイメージ」「バラエティ番組に出演する芸能人を見てエンタメ色が強いため、地方紙もエンタメかと思っていた」「沖縄のメディアとフェイクニュースにつながりがあるとは思わなかった」「イメージがなかった」などの回答が並びました。

「さよならテレビ」や「ヤクザと憲法」といったドキュメンタリーの映画化で注目を集める東海テレビの授業では、ローカルテレビ局発の映画を見たことがあるかも聞いてみましたが、8割の受講生が「ない」と回答しました(メディア社会学科の学生も多いのに…)。

講師からは「本当に知らないんですね…」という言葉が漏れるほど、授業を通して、改めて受講生がローカルメディアを知らないことが浮き彫りとなりました。このような受講生も3日間の授業を受けると、面白さに触発されて考えが変化していくので、決して関心がないわけではないのです。

ニュースのローカル化が分断を生む

知らないことが構造的なものではないかという指摘がありました。

東海テレビの伏原健之さんから、いまテレビの世界では地域ニュースが注目され、東京のキー局から配信されるのニュースの視聴率が下がっているとの説明があったのです。確かに言われてみると全国ニュースと言いながら、コロナ感染について「東京では◯人」や台風などで「新宿駅前から中継」などが扱われています。

地域の人が地域のニュースに関心を持つことは興味深い動きですが、東京にいると普段見ているマスメディアが伝えるニュースが、全国の人も知っている、興味を持っているものだと思い込んでしまうことはありそうです。東京は人口の割にマスメディアの数が少ないため東京ローカルの情報は乏しく、関心を持ちにくい状況です(県紙なら掲載されている市や区政レベルの話題、自治体や議会情報とかも非常に少ない)。

インターネットでもYahoo!ニュースのトップに「東海道線が事故」といった首都圏の事故が掲載されており、地域に関連することによほど興味がなければ、ソーシャルメディアでもつながることはなく、ローカルで起きている面白い事象へのアンテナを失わせ「情報過疎」が生じていしまうメディア環境がありそうです。そうであるなら、多くが首都圏出身者の大学で「ローカルジャーナリズム論」に取り組む役割は大きいと感じました。 

「交わること」が生む価値を考える

 「ローカルジャーナリズム論」は終わりましたが、ゼミ生による制作物を報告書として寄付企業などにお送りすることになっています。2019年度は講義録的にまとめ「面白い大人の伝え方」という冊子を制作しましたが、2020年度は事前に仮コンセプトを「交わる」と決めていました。コロナ渦でオンラインになり、多摩キャンパスでリアルに集まり、ワイワイガヤガヤと合宿のような講義は消えましたが、沖縄や福岡から中継することで新たに知ることもありました。様々な変化が起きている時代において、大学生が地方と交わることが生む価値とは何かを問うコンテンツにしようと考えています。

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昨年度の「ローカルジャーナリズム論」の報告冊子の制作風景

9月28日に情報過多と情報過疎を考えます

ソーシャルメディアで大量の情報があふれる「情報過多」なのにローカル情報が「情報過疎」になっていることについて、「ローカルジャーナリズム論」の講師でもある博報堂ケトルの日野昌暢さんとB&Bトークイベントをやります。よろしければご参加ください!

bookandbeer.com

 ローカルジャーナリズム論の授業の工夫については以下の記事をご覧ください。

gatonews.hatenablog.com

*1:2020年度の寄付メディアは、沖縄タイムス西日本新聞中国新聞東海テレビ博報堂ケトル (順不同)です。ありがとうございます。