ガ島通信

メディアとジャーナリズムの未来を追いかける

ワークショップ最終プレゼン「新聞の未来」はつくれたか

東京大学のi.school人間中心イノベーション・ワークショップ「新聞の未来をつくる」は、最終回のプレゼンテーションが行われました。AからEまでの5チームが、ベンチャー企業のメンバーとしてベンチャーキャピタリストにビジネスプランを説明するという設定でした。
各チームのプレゼンの概要を下記に紹介しますが、アウトプットのレベルは学生のビジネスコンテストに比べても十分とは言えず、ほとんどのプランが現状の「新聞」から抜け出せていません。ワークショップの目的は、ユーザーから見た新聞の新しい価値を見つけて、ビジネスにつなげるはずでしたが、新聞ビジネスや新聞のあり方の「改善」にとどまっていますが、大切なことは参加者がいかに固定観念から抜け出すのが難しいかを自覚すること。自分の限界を知る事、チームで協力すること、考えること、それらをワークショップのプロセスの中で学ぶことが出来たのかです。プレゼン後に行われた交流会でも学生から「もっとやりたかった」「悔しい」という言葉が聞けたということをお伝えしておきます。私の振り返りは各チームプレゼンの後にあります。

<Aチーム:街中の自販機で新聞を販売、長い記事はQRコードで>

中流社会から、格差・価値多様社会になり、朝会社に行く前に新聞を読むというのが当たり前だったことが、新聞を読まなくていいよねという話になっている。社会の変化を踏まえて、画一性からテーラーメイド型で提供へ、暮らしや芸能、経済など人に合った形の新聞が必要とされている。
新聞の持っている普遍的価値は、社会の常識をつくっていること。記者やデスクが価値判断し、パッケージ化されている形が重要になる。フィールドワークでも、紙に価値があると話している人がいた。広げることに価値があると思っている人もいる。そこで紙と電子の組み合わせることにし、シバオ情報ビジネス株式会社(SIB)を設立して、M新聞と業務提携をする。
記者発表の寸劇で業務内容を説明。M新聞天野社長とSBIシバオ社長が登壇(いずれも参加者)。
天野社長『悩みは、購読者が減っている、読者の価値観が多様化している。SBIとの提携で、新たな価値を提供できる。読者は新聞を取るのが面倒、導線にあわせた新聞の届け方を考えている。街中にたくさんある自動販売機で受け取る。QRコードで気になった記事の続きを読んでもらうことで顧客分析も行いたい』。シバオ社長『SBI社は開発を担当。データの分析、マーケティング、販売も行う』。
(質疑)Q.都内は駅にゴミ箱が少ない。A.デザインや紙質を変えて捨てられない価値をつくる。

<Bチーム:情報洪水に溺れそうなビジネスパーソンに区切り体験を>

新聞の価値は3点。1.物(紙)であること、2.コミュニティに所属していることが分かる、3.受動的に情報を得ることが出来る。これらの3つから得るのは「安心感」。安心の裏返しは不安で、どんな不安があるのかを考えた。世間から遅れている・共通の話題がない、情報獲得に終わりがない、手元になければ情報が消えてしまう、不安が浮かび上がってきた。この不安を安心に変えるのが区切り。
人は、場所、時間、行為、物質 という区切りを求めている。区切りを提供するための場所、時間行為、物質を体験できるようなサービスを考えた。立ち食いそばや、カフェ、お店にあった「新聞空間」をユーザーに対して提供する。ターゲットは、終わりのない情報に追われていて、フラストレーションを感じているビジネスパーソン
ここから寸劇。仮名山本30歳。仕事に追われ、夜遅くまで働く。パソコンで仕事をしながらひっきりなしの電話。『そうですね。はい、あ、はい』。ニュースカフェのひと時が生活のメリハリを生んでいる。ニュースカフェでは電子端末はすべて回収、滞在する時間に合わせて新聞が提供される(ここでは、日経エスプレッソという名前だった)。カフェのバージョンだったが、駅スタンドやN-Barもあり得る。新聞は、現状の日々の生活のすきまじゃなくて、あえて時間をとって読むようになっていく。
(質疑)Q.区切りという考えはどこから出てきたのか。A.観察結果から。情報を大量に見ているトレーダーがなぜか新聞を読んでいた。情報は必要ないはずなのに新聞を読んでいた理由を考えた。Q.新聞は情報が早いことに価値があると思うが。A.ネットで既に情報を知っている人で確認していた人がいる。ビジネスパーソンは速報性を求めていない。現在の新聞はページが多すぎて読みきれていないので、区切りを最大限味わえていない」。

<Cチーム:合コンに最適、会話のネタにニュース提案>

新聞はアウトプットのため。5紙取っている女子大生は、就職活動サークルや飲み会で仲間と議論をするために読んでいた。新聞を読むことで自分のキャラクターをつくり、見せたい姿をアピールしている。同じ共同体だと話題が共通だが、社会では互いに信頼するソースが異なってくるので、意思疎通がうまくいかないことがある。そこで「チェックメイト(サービス名)」。
ここから寸劇。株式会社i-schoolの男性社員がBarで飲んでいる。アルバイトの女性20歳、動物好きの可愛いイイズミさんを男たちが口説こうとするという設定。
失敗例1。男性社員は日経新聞が信頼できる情報源と考えていたが、女性に押し付けてしまったケース。男『イイズミさん。先週、参院選あったじゃないですか』、イ『行ってないんですよねー』、男『民主が大敗したんですよね』『Google電子書籍を出して』、イ『はあ…(頭の中、ツマンナイ)』。
失敗例2。相手に話を合わせようと女性誌をチェックしている。男『久しぶり。日差し強いね。紫外線対策してる?』『日焼け止めの仕方とか知らないから教えてほしい』、イ『知らない…』。
チェックメイトを使った場合。ゴールを設定(今回はデートに誘う)すれば、自動的に会話を提案してくれる。男『国内でパンダ生まれるというニュース見つけたんだけど』、イ『かわいいですね』、男『そういえば、佐々木希さんにちょっと似ているよね。今度、映画があるんだってね』、イ『試写会があるらしいけどなかなか当選しなくて』、男『配給会社の人と知り合いなんで頼んでみるよ』。
ニュースは話のネタ。フィールドワークで取材した理科の先生に取材であれば、ワールドカップの決勝戦の当日に皆既日食が起きるというニュースを、ガンダム好きの上司がいるとガンダムカフェオープンを、といった具合に適度に当たり障りのないニュースが配信される。反応を入力することで、提案されるニュースの精度をあげることができる。アプリで定額料金で女性との会話をする男性用は525円。女性は315円。上司向けは1050円と高くなっている。
(質疑)Q.知らない場合相手の情報はどうする。A.痛いところ。20代、女性だとか、まず情報を入れて反応を見てもらう。

<Dチーム:ニュース×Q&Aサイトのコドモ新聞>

ミッションはみんなが読める新聞を作る。新聞のいいところは、話題を共有できるところだが、現状は読んでいる人、読んでいない人がいて「みんなの新聞」でなくなりつつある。新聞は化粧のようなもの。1.やっていないと恥ずかしい。2.人やコミュニティによってやり方が変わる。3.人に見られなくなるとしなくてよい。4.自己満足、自信につながる。5.日常と非日常のようなスイッチの切り替え。
化粧も難しいが、先輩やショップの店員に聞いてやれるようになっていくので、段階的に読んでもらうようにする。仕組みは、朝起きるとPCやスマートフォンにメールが届くが、写真や見出しが並ぶだけでm文章はほとんどないものにする。また、分からないことが聞けるようにQ&Aの仕組みを導入する。素朴な疑問「参議院はなぜあるの?」を記者に投げかけることが出来る。読者から寄せられたQを記者が選んで、夕方にニュースとともに回答が配信される。自分の投げた質問が人気だったら嬉しいし、読むだろう。記者だけじゃなく、勝間さんやホリエモンにゲストに来てもらう。主婦にとっては新聞はゴミだが素朴な疑問や関連する情報をカスタマイズして出すことでカバー。Googleで検索しても、出てこない情報はある。それはプロに聞く。
(質疑)Q.皆さんは子供新聞を望んでいるのか。研究しましたか?A.しました。朝日子供新聞を大人が読んでいると言いたくない。読んだことが自慢になるし、知識にもなることが大事。Q.いまの新聞社はどこまでローカルな情報に対応できるのか。どうやって実現する。A.成長する新聞という意味もある。こういう情報はないか?Qを投げてもらうことで取材が出来る。Q.分からないことを質問できるのがバリューなのか、有名人に質問できるのがバリューか。A.質問する行為。著名人はキャンペーン。わからないところ深掘りして、教えてくれるのが価値。

<Eチーム:なんとなく知った気になれる、野菜ジュース的新聞>

楽して教養「シンブンC(サービス名)」。5人にインタビュー。台湾人のプロ囲碁棋士は、スポーツニュースと囲碁しか読まない。早稲田出身のお笑い芸人は、受験に役立ちそうと思って読み始めて、硬い言葉遣いがネタに取り入れている。塾講師は、保護者会で記事をコピーして配っている。女子高生は知るというのは大事だが、新聞を読んでいることは友達に言わない。留学生は日本語の勉強に活用している。この調査から人は3つのタイプに分けられる。
1.本当に知りたい人、2.知ることを楽にしたい(知るという行為をしたい)、3.知ることに興味ない人(新聞を読んでいない)。ビジネスチャンスは1と2。
本当に知りたい人にとっては、スピードでテレビやネットで負けているので、もはや新聞を読んでいない。2の楽に知識を得たい人は日本に多くいる。信頼は新聞がネットより上、なんとなく新聞を読んでいる。この、なんとなくがすごい重要。『ところで田村さんは、野菜ジュースを飲みますか?何んでですか』田村『なんとなく(笑』。コーラを飲むより野菜ジュースを飲みたいという気持ち、ネットよりは新聞、漫画よりは新聞、なんとなく知った気になれる。わかった気になれる新聞を提供すればいい。
1の人は新聞を使って何をしたいか理解しているので筋肉をつけたい人にとってのプロテイン。2は目的は不明なサプリメント、なんに効くか分からないがとりあえず飲む。1にはカスタマイズしたニュースを届ける。2には、楽して吸収。信頼されている教養人がブランドや権威を生かしてニュースを紹介する。ページは増やしてお得に。
(質疑)Q.楽するにもかかわらず量が増えるというのが矛盾しているが。A.字を大きくして読んでいる量は変わらないがページが増えている。Q.ユーザーの声を聞いたのか?簡単にしたいというのは大学生の解釈では。A.簡単にしているわけではない。見方を提示する。

<振り返り>
とにかく恐ろしいのは「新聞」という固定観念の呪縛でした。
このワークショップではユーザー視点が大きなテーマとなっています。「読者から見た価値を考えて」「新聞社の未来ではない」と言っても新聞から抜け出すのは難しいものです。ワークショップに参加している学生も普段は読者(もしくは無読者)として新聞と接しているはずなのに… 新聞関係者からは、ビジネスモデルだけでなく、販売店や印刷、広告、記者など「新聞の事を調べてもいないのに」という意見もありそうです。しかし、それは新聞社の都合であり、ユーザーからすると関係のないことです。ただ、そういう印象を持つのもユーザーへの調査、分析が足りずに新たな価値が提供できていないことの現れかもしれません。新聞は情報を共有している、社会の常識を定義している、紙が大切…そういった「当たり前」を疑うところから始まります。
また、技術やビジネスモデルを常識的に組み合わせた「新しい試み」はたいてい失敗するもの。行っても改善どまりです。イノベーションには、発想の転換や思考のジャンプが必要ですが、その時に「こうあるべき」という人や社会、何より自分の気持ちが大きく立ちはだかります。それを乗り越えるためには、自分の得意分野に加えて、限界も知らなければなりません。そして別の視点を持つ仲間の力を借りる必要があります。成長というのは、限界を知って伸びるものです。
各チームへの評価にも触れておきます。評価はそれぞれですが、個人的にはBチームの区切りという新しいユーザー体験を提案した事、Cチームのニュースは会話のネタであると考察した事とヨコシマなビジネスアイデアは興味を持ちました。Eチームの3つの分類は面白かったのですが、ビジネスアイデアが惜しかった。
ビジネスエスノグラフィを使えばイノベーションが起こせる訳ではありません。田村さんとは、ビジネスエスノグラフィは手法ではなく態度ではないか、と話をしました。どこまで、何を、疑えるのか。その孤独に耐えられる強さがあるか、問われる事になります。自分自身にとっても「もっとこうやれば良かった」「こんな工夫があり得たな」と反省が多くありました。いつも思うのですが、教えるというのは、最も学びが大きいです。堀井先生、田村さん、小沢さんらスタッフの皆さん、参加者の皆さん、プログラムをサポートした会社の皆さんに、そして見学に来ていた皆さん、i.schoolで出会った皆さんに感謝します。ありがとうございました。

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