ガ島通信

メディアとジャーナリズムの未来を追いかける

デジタル化が価値を再定義する:「えきねっと」リニューアルにかつての新聞社を見る

デジタル化によって企業は何に直面するのか?それは、その企業や業界が提供してきた価値の再定義です。

リニューアルしたJR東日本の予約サイト「えきねっと」がクソ使い勝手が悪いと指摘されています。移動については、MaaS(マース)と呼ばれるサービス化が注目されており、人々がどうすればスムーズに移動するかや、新しい価値を提供できるかが、議論されているはずなのに、どうしてこのようなクソサイトが生まれてしまうのか。

下記のnoteが「移動」したい顧客と「きっぷ」を売りたい企業とのズレがあることを指摘しています。セオドア・レビットが指摘したマーケティング近視眼です。

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実際の駅の窓口のやりとりって違いますよね。「東京から酒田まで11時頃出発で、指定席」とか言いますよね。そして、大抵は言わなくても1番安い組み合わせで切符を売ってくれますよね。客の関心は「東京から酒田まで移動したいけど、いくらするのか」っていう点であって、「どのきっぷをどう組み合わせるか」ではないですよね。このあたり、「切符を売る」という認識のJR東日本と「移動をしたい」という客とで意識の差が出来てる気がします。

新聞社を思い出したわけ

上記のnoteを読みながら、20年前にソーシャルメディアが登場したころの新聞社を思い出しました。どこが「えきねっと」と共通するのか。それが企業や業界が提供している価値です。

ソーシャルメディア登場以前は、ニュースの価値は新聞社やテレビ局というマスメディアが決めて、人々に提供していました。誰もが情報を発信できるようになり、ニュースサイトも多く立ち上がり、新たなプレイヤーが参加して市場が変化していきます。

象徴的なのは2005年に堀江貴文さんが「記者の判断だけで1面トップに載せるのが本当にいいのか。価値判断はユーザーがすべきだと思う。」(毎日新聞:3月5日朝刊)とインタビューに答えたところ、ジャーナリズムは必要だと社会部の記者が「声を大にして反論」(毎日新聞:3月17日朝刊、記者の目)したのです。

結果はどうだったのか。各社サイトにランキングを表示させ、いかにページビューを稼ぐか血眼になっています(この時に、大いに反論した人たちはどう思っているんでしょうね…)。新聞社は、ニュースの価値は自分たち(だけ)が決めていると勘違いことで、人はニュースを見たい、新聞は「紙」を売りたいというズレを埋めることができませんでした。

UIに企業が考える価値が表出する

移動業界は、20年前のニュース業界に似ています。シェアカーやシェアサイクル事業者、など移動を担うプレイヤーが参入し始めています。規制があるためニュース業界よりも変化は緩やかですが、着実に変化しています。

新聞社はサイトのUIで、インターネット企業に遅れをとりました。その理由は、自らが提供している価値を疑わなかったからです。UIは、どのような体験を顧客に提供しようとしているのか、企業が考えている価値が表出しているのです。UIを軽視しているという批判がある場合、企業と顧客の価値のズレがある可能性が高いのです(企業側から提供したい価値を考えればUIが適切ということもあり得ます)。

JR東日本は「えきねっと」だけでなく、アプリのUIを考えても、背景にある価値観そのものが問題なのではないか(20年前の新聞社のように)と推測しています。

新聞は毎朝届くので便利というUXから資産だと考えられた宅配網は負担となりました。鉄道の路線網も負担になるかもしれません。お客さんは移動できればいい、それもスムーズに。わざわざ駅にいくのも、きっぷを買うのも面倒ですしね。

価値は共創で生まれる

冒頭にデジタル化により価値を再定義されると言いましたが、デジタル化により新たなプレイヤーが市場に参入するとサービスにおいて勝負するポイントが異なってくる、それゆえ従来その市場を担ってきた企業や業界からすれば価値が再定義されようとしているように見える、と言ったほうがよいかもしれません。新規参入するプレイヤーは、従来の企業や業界の都合は無関係ですから…

このリニューアルの件をFacebookに投稿したところ、高広伯彦さんから「価値は共創でしか生まれない」と書き込みがありました。ニュース業界は自分たちが考えるニュースの価値に固執したことでビジネス的に自壊しつつありますが、かといって顧客の言うことだけを聞いていれば良いというものでもありません。価値は、企業と顧客が共に作っていくのだとすれば、新たなプレイヤーが市場に参入し、価値がゆらいでいるように見えるときほど、価値を問い直しながら考えていく必要があります。

MaaSなどの動きを見ながら、移動業界でかつてニュース業界で、起きたような大きな変化が起きるだろうと予測し、数年前から研究を少しずつ進めていました。

先日行われた第68回日本デザイン学会で、ゼミ卒業生らと「電車移動における情報行動のデザイン」のタイトルで口頭発表を行いました。また、今年度は「移動とメディア」をテーマに法政大学メディア環境設計研究所で、研究会を行います。7月3日には「ローカルの移動を捉え直す」というタイトルで、『ローカルモビリティ白書』を執筆した猪田有弥さんと、トランスローカルマガジン『MOMENT』編集長の白井瞭さんを招いて発表と討議を行う予定です。 

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