ガ島通信

メディアとジャーナリズムの未来を追いかける

伝える仕事の楽しさと難しさ、託された「想い」をどう表現するか

ゼミ主催で「“この人だから”できる メディアの仕事 やりたいことを貫く方法・アイデア」というイベントを行いました。いま注目されている石戸諭さん、神原一光さん、野上英文さん、 與那覇里子さんに、大学生が質問するという企画でした。

「メディア業界に進むにあたり身につけておいたほうがいい技術は?」や「大学院進学や転職に至った経緯は?」といった質問にそれぞれが答えていきます。「取材相手との関係の築き方」という質問がきっかけとなり、託された「想い」をどう表現するかという話になっていきました。

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なぜ託されたのかはわからない

イベント前日3月11日に公開された東日本大震災の記事は、事前に準備していたことが「奇跡」や「美談」になっていく保育所長さんの心の内を描いたもの。司会の私は執筆した石戸さんに「なぜ、このような話を託そうとしたのだろう」と問いかけました。石戸さんの答えは「わからない」でした。

www.buzzfeed.com

以前から交流はあり、取材に行きますねという話をしていた、といいいます。取材はお昼から夜まで続き、「いろんな話を聞いていた。あんまり聞くのは苦じゃないんですよ」。「まるごと書きたい」という石戸さんは、新聞やテレビでは字数や時間の関係でマスメディアは難しいけれど、ネットなら表現が可能だと説明しました。記事は1万字近くあります。

神原さんは、自身が制作したピアニストの辻井伸行さんのドキュメンタリーでの表現について教えてくれました。

「辻井さんは普段ものすごく弾くんですが、ある時、ポーン、ポーンという感じになった。すごく苦しい中で弾いたその音を番組の大事なシーンで流すことにした。番組を見た辻井さんが大切な音を使ってくれたと言ってくれたんです」

このドキュメンタリーは神原さんのはじめての本になりました。

辻井伸行 奇跡の音色 恩師との12年間 (文春文庫)

辻井伸行 奇跡の音色 恩師との12年間 (文春文庫)

 

出会いは偶然かもしれませんが、それを大切にするからこそ託されるのかもしれません。野上さんは「仕事はやってくるものだ」と表現していました。 

伝えることの難しさ

マスメディアで仕事をしていると、無理なことを取材相手にお願いして傷つけてしまったり、聞いた話がほんの少ししか紹介できなかったり、場合によってはねじ曲がってしまうこともあります。その時の対応は、「会いに行って正直に説明する。遠い人だと手紙を書く」と共通していました。取材は一瞬ではなく、また、どこかで、と言う気持ちが必要です。

「取材相手の関係性のときに、近づきすぎる問題も話しておくべきだったかな…」

イベントが終わった後の打ち上げで、與那覇さんが残念がっていました。いくら取材相手と心が通っていても、お金や物のやり取りなどは問題になることがあり、距離感は重要です。それを聞いた野上さんが「全部伝えるのは難しいじゃないですか。記事もあれ書いたら良かったなと、いつも反省ばかりですよ」とフォローしていました。

表現は簡単ではないし、苦しいし、いつも反省ばかりだけれど、「伝わった」という瞬間のために、自分も関わっているのだなと改めて感じました。

イベント運営はゼミ生の一人がプロジェクトリーダーになって進めて来ました。朝日新聞社ジャーナリスト学校が発行する月刊誌「Journalism(ジャーナリズム)」2018年2月号」の座談会を読んで、質問を考えて申し込んでもらう条件にしていたのですが、Amazonの品切れ状態が長く続きスムーズな動線になっていませんでした。

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ゼミ生は、店頭に置いてくれている数少ない大学生協をジャーナリスト学校の方と一緒にまわったり、キャリアセンターにチラシを置いてもらうお願いをしたり、とイベントを知ってもらうために奔走しました。

自分と相手の想いが混じり合う

「イベントは表現の総合格闘技」とゼミ生には伝えました。当日の運営だけでなく、企画立案から広報、関係者との調整など、やるべきことは多岐にわたります。当然一人では難しい。自分の足で動いたら、人の輪が広がっていきます。

登壇者や参加者にとって良い場所をつくるためには、実は「こだわり」が必要です。相手の話ばかり聞いていると蛇行してしまい迷惑がかかります(なんだか話を聞くわりに何がしたいのか良くわからないイベントってありますよね)。表現は自分と相手の想いが混じり合って、いいものになっていきます。

まもなく新年度のゼミ募集が始まります。伝える仕事を目指している学生を待っています。

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メディアの仕事は面白い!大学生に読んでもらいたい月刊「Journalism」就職特集号

朝日新聞社ジャーナリスト学校が発行している月刊誌「Journalism(ジャーナリズム)」2018年2月号」は、恒例のメディア・ジャーナリスト向けの就職特集。座談会「メディアを目指す若者のための座談会」の司会を担当しました。

Journalism(ジャーナリズム)2018年 2月号

  昨年は、上智大学の水島宏明さんが各社にメディアの新たな取り組みや採用方針を聞くという内容でしたが、採用パンフレットのような会社説明的になり、司会も四苦八苦という感じでした。そこで、今年はガラッと方針を変えたいと相談を受け(「Journalism」誌はアドバイザーを務めています)、1980年代生まれの勢いがある皆さんに個人として発言してもらい、メディアって面白いぞ!というメッセージを伝える企画を岡田力編集長にお願いして作って頂きました。

座談会の出席者は、元毎日新聞でBuzzFeedJapanの記者で著書『リスクと生きる、死者と生きる』(いい本です!)が高く評価されている石戸諭さん、NHKスペシャル「AIに聞いてみた」などを手がける神原一光さん、大阪地検特捜部の証拠改ざん事件で新聞協会賞を受賞している朝日新聞記者の野上英文さん、沖縄タイムス記者で「沖縄戦デジタルアーカイブ」などを手がけて首都大学東京の大学院で学ぶ與那覇里子さん、の4人。

マスメディアは、斜陽産業であることが明確になり、メディアに面白い人が来なくなったと人事の方から聞くことも多くなりました。

2015年にこんな記事を書いたことがあるのですが、依然として学生にとってのメディアのイメージは「バラエティや女子アナといった華やかさ」にあります。そうではなく、社会の課題を捉え、世に問う仕事の面白さを伝えられないかというのが問題意識でした。

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座談会では、「マスゴミ」と揶揄されることもあるなかで、なぜ楽しそうに仕事ができるのか、仕事の意義について、率直に話し合ってもらいました。石戸さんの仕事は「ソロとパーティ」という発言から、メンターの見つけ方に広がり、上司と転職、ネットとマスメディアどっちに就職したほうがいい?、など、働くことと組織との関係についても多くの行数が割かれています。

この他にも、フォトジャーナリストの安田菜津紀さんによる「写真は直接命を救えない、でも伝えられる」、産経新聞からニコニコ動画などを経て、弁護士ドットコムニュース記者の猪谷千香さんの「女子の壁を突き破ろうといつの間にやらネットの記者へ」、朝日新聞ニューヨーク支局員の金成隆一さんによる「記者17年目のルポ・トランプ王国」、ヤフーのエンジニアから石巻日日新聞の記者と石森洋史さんによる「ヤフーの技術者から地域誌記者へ」などの寄稿も大充実で、改めてメディアの仕事は面白いな!と思える特集号になっています。

マスメディアに単に憧れている人も、マスメディアにこれまで興味がなかった人にも、ぜひ読んでもらいたい特集号はAmazonで購入できます!(9日発売、予約受け付け中)→「Journalism(ジャーナリズム)」2018年2月号 

なお座談会当日、與那覇さんが1時間以上の遅刻という大物っぷりを発揮し、冒頭から疲れムードが漂ったものの、個性豊かなメンバーのぶつかり合いで、疲れを見せる編集部の皆さんを横目に2時間以上の盛り上がりとなり、「イベントをやろう」ということになり、3月12日(月曜)に座談会出席者によるイベントが行われます。

Journalism(ジャーナリズム)2018年 2月号

Journalism(ジャーナリズム)2018年 2月号

 

「Computation+Journalism 2017」でゼミ生がポスター発表を行いました

ノースウェスタン大学で開催された「Computation+Journalism Symposium 2017」でゼミ生がポスター発表を行いました。タイトルは「Cleansing, Organizing & Training: Two Guidelines for Generating Attractive News Headlines for Social Media」、NTTコミュニケーション科学基礎研究所(CS研)と行っている共同研究の成果です。

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「Computation+Journalism」は昨年に続いての参加です。この会議は、データジャーナリズム人工知能による記事生成といった、テクノロジーとジャーナリズムが融合した分野の研究成果や実践が発表されます。ジャーナリズムスクールの「Medill」に加え、工学系の「McCormick」の先生からもウェルカムスピーチがありました。

今年は「フェイクニュース」がテーマということもあり、ファクトチェック関連のパネルが2本設定されていました。

1日目のキーノートは、ワシントン・ポストのchief product and technology officerによる「Journalism and technology: Big data, personalization and automation」。一つ一つの取り組みに目新しさはないものの、サイトの構築、広告の最適化など、やるべきことを徹底していることが分かるプレゼンテーションでした。

縦軸がExcellence in Journalism、横軸がExcellence in Engineering、ワシントン・ポストはどちらもHIを目指すという図が提示されていたのも印象的でした。ポインターのサイトに記事が掲載されていたのでご紹介しておきます。

www.poynter.org

2日目のキーノートは「The spread of misinformation in social media」。ソーシャルメディアの拡散のモデル、botの検出などについて網羅的に説明があり、我々の研究関心に近いこともあって大変参考になりました。誤情報の追跡を視覚化することが出来るHoaxy(参考、Hoaxy: A Platform for Tracking Online Misinformation)が公開されていますが、日本語は未対応のようです。

ちなみに会場は「Medill」ではなくMBAのトップ校「Kellogg」のエリア。コーヒーもランチのお皿もケロッグロゴ入り。ポスター&デモセッションの会場は3月に出来たばかりの新校舎「Kellogg Global Hub」でした。建物すごかった…

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昨年の「Computation+Journalism 2016」の様子はこちらから。

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足利市で2017年のゼミ夏合宿を行いました

代ゼミの5回目の夏合宿を栃木県足利市で行いました。 足利で夏合宿を行うのは2回目。NPOコムラボの皆さんとワークショップを行い、足利を紹介する冊子「足利のたからさがし」を作りました。今回も、コムラボの皆さんにお世話になり、地域の取材や高校生を交えたワークショップなどを行いました。

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合宿は3泊4日。テーマは「足利らしさ」です。コムラボが運営するJR足利駅前のコワーキングスペース「SPOT3」が活動拠点です。

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1日目は、文献や市のデータ、ソーシャルメディア情報を分析して、検討した「足利らしさ」の仮説を検証するために、街を歩いてインタビューしていきました。

街の人からよく出たキーワードは「歴史のある街」。日本で一番古い学校である足利学校や日本百名城のひとつでもある鑁阿寺を挙げる人が多くいました、その一方で、以前は繊維業が栄えていたけれど今は…という意見も。話題になっている刀剣乱舞を挙げる人もいました。 

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魅力的な路地を覗いたり。

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足利を見渡す山に登ったり。

f:id:gatonews:20170811124401j:plainコムラボと合同で開催したワークショップでは、高校生も参加して、足利の皆さんと一緒に「らしさ」を考えました。

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街の人とゆっくり話すと、歴史に裏打ちされたゆとりやおおらかさ、といった「らしさ」が次第に浮き上がって来ました。ゼミで引き続き、足利の魅力を伝えるコンテンツを制作していく予定です。

 

藤代ゼミ課題図書「メディアの今を理解するための7冊」2017版

代ゼミでは、春学期・秋学期のスタート時に、7-8冊の指定図書をゼミ生全員で読む「読書祭り」というイベントを行っています。春学期のテーマは「メディア」、秋学期は「ジャーナリズム」です。2013年に一度指定図書を紹介したのですが、少しずつ書籍を入れ替えているので、改めて2017年版を紹介します。

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さとなおの愛称で知られるコミュニケーション・ディレクター佐藤さんの著書。早くからウェブサイトを開設し、電通在籍時代はその名を冠した「サトナオ・オープン・ラボ」が開設された第一人者。冒頭のラブレターの話から、分かりやすくインターネットの登場によって変化するメディアと人々との関係を描く。スラムダンクの事例など、広告、メディアへの愛あふれる本。まずは、この本からスタートです。

人工知能(AI)による記事作成、名場面の自動編集、広告配信など、メディアに関係するAIのニュースもたくさん報じられるようになりました。分かるような、分からないような…言葉だけが先行しているようにも見えるAIについて整理されている分かりやすい入門書。ゼミでは、機械学習を用いたニュース研究もやっているので、他のチームでもこの本の内容ぐらいは分かっておいてもらわないと、という感じです。かなり分厚いですが『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』をじっくり読むのもいいでしょう。

社会学者北田さんの著作、2002年に出版、2011年に増補版が出ています。パルコに代表される80年代的な広告に触れながら、巨大なメディア空間である都市の変化を追っています。広告論としても読めますが、都市論としても面白く読めます。2020年の東京オリンピックに向けて大きく変化する渋谷、そして東京を見ながら、この本で80-90年代を振り返るというのはとても意味があると思い、今年からラインナップに加えました。『都市のドラマトゥルギー』の併読をオススメ。

活動家であるパリサーは、グーグルの検索結果が閲覧履歴によってひとりひとり異なり、他の人が見ている情報ではない自分の好きな情報に囲まれるフィルターバブルが起きていると警告しています。2011年に出版、邦訳は2012年と、フェイクニュースやネットによる社会の分断が話題になる前に書かれているので、やや細かいところが気になる方もいるかもしれませんが、見通しが興味深いです。

「予言の書」と言われるこの本は、「ほぼ日刊イトイ新聞(ほぼ日)」を始めたばかりの糸井さんが、ネットでつながるという価値や社会の変化について2001年に「やさしく」書いたものです。読んだ時に「なんだ、当たり前のことを書いている」と思い、発行年を見て驚いたのを思い出します。「おいしい生活」という西武百貨店のコピーを生み出し、消費文化の担い手となった糸井さんの経歴を踏まえ、インターネット的を読んでから『広告都市東京』を読み直すと新たな気付きがあるでしょう。

ソーシャルメディアスマートフォンが登場した社会を俯瞰的に捉える本として鈴木さんの「ウェブ社会のゆくえ」を選びました。鈴木さんは、現実空間の中にウェブが入り込むことで、公私の境界があいまいとなり、目の前にいる人ではない人と携帯でつながるような「多孔化」を生んでいると指摘しています。社会学、メディア論として学ぶところが多くあります「多孔化」した社会をどう生きるのか、自分の「リアル」に引きつけて読んでもらいたい一冊です。

例年、最後に読んでもらう不動のトリ本がこちら。著名な文化人類学者で、国立民族学博物館の初代館長、「情報産業」という言葉の名付け親の梅棹さんの短編をまとめたものです。7冊の中で最も古いのですが、いまだに色褪せない情報に関する深く、鋭い洞察が並び、読みなおすたびに新しい発見があるまさに名著です。多くのゼミ生が苦戦するのですが、何度も読み返すうちに理解が進みます。簡単に読める本なんてつまらない、歯ごたえがあるから面白い。文体や事例が古いのに「今」なんて分からないではなく、共通項を見出して欲しい一冊です。

 

書籍の選択理由は、読みやすくインターネットやソーシャルメディアの登場によるメディアの変化や構造が理解できる、社会とメディアとの関係や課題が書かれている、実践にあたり参考になる、Amazonの中古で安価に売られている、です。 例えば、キャス・サンスティーンの『インターネットは民主主義の敵か』も良いのですがAmazonで見ると高騰しているので手が出ません…なお、『明日の広告』、『ウェブ社会のゆくえ』、『情報の文明学』の三冊は読書祭りスタート時から変わらずに残っています。

  

秋学期の「ジャーナリズム」課題図書は以下の記事を参考にしてください。今年はジャーナリズム関連の良い書籍が多く出版されているので入れ替わる可能性が高そうです。

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【目次公開】『ネットメディア覇権戦争 偽ニュースはなぜ生まれたか』が1月17日に発売されます

2017年1月17日に『ネットメディア覇権戦争 偽ニュースはなぜ生まれたか』が光文社から発売されます。パソコンからスマホへとニュースの主戦場が移り変わる中で、ヤフー、スマートニュース、LINE、日本経済新聞、ニューズピックスの5つを取り上げ、攻防を描いたものです。

ネットメディア覇権戦争 偽ニュースはなぜ生まれたか (光文社新書)

ネットニュース版「メディアの興亡」(新聞社が活字と印刷にコンピューターを導入していく様子を日経新聞を軸に描いたドキュメント)のような本を書いてみたいと構想し、取材をスタートさせ、夏頃にはおおまかな原稿は出来ていましたが、アメリカ大統領選挙DeNAまとめサイト問題、が相次いで起きたことで、偽ニュースをもうひとつの軸に再整理して、発売となりました。

日本ではメディア企業の内部がまとまって書籍になることが少ないのですが、多くの方の協力を得て実現することができました。以下に目次を紹介します。

<<目  次>>

はじめに――「偽(フェイク)ニュース」が世界を動かす

フェイスブックがトランプ大統領を生んだ?/日本でも広がる偽ニュース/虚構に気づかぬアルゴリズムの心地よさ――フィルターバブル/アルゴリズム時代を生き抜くリテラシー

第一章 戦争前夜 偽ニュースはなぜ生まれたか

新聞社がニュースをタダにした/崩れたマスメディアのニュース独占/流通経路を握ったプラットフォーム/ヤフーという毒まんじゅう/新聞が支えたネットニュースの質/ライブドアのニュースメーカー戦略/個人の意見がニュースになる/新聞少年の裏切り/ソーシャルメディアの登場とゲリラ戦/スマニューの登場と王者ヤフーの焦り

第二章 王者ヤフーの反撃

ネット王者のジレンマ/人間にしかできない編集/ソーシャルメディア対策の失敗/消えたトピックス/ニュースの流れを変えたヤフー個人/「ピューリッツァー賞を目指す」/権力と戦い、書き手を守れるか/毒まんじゅうが招いたステマ/覚悟なきメディア宣言/「ヤフーは嘘つき」の意味/利益誘導のステルスニュース/ニセモノは本物になれるか

第三章 負け組LINEの再挑戦

一般ユーザーはニュースを読まない/ニュースは連続ドラマ/やわらかい編集部/地方紙を取り込み、ヤフーを切り崩す/「断片化した世界をつなぎたい」/ネット論壇の理想と炎上/猫とジャーナリズムという二面性/国家とニュースメディア

第四章 戦いのルールを変えたスマートニュース

脱オタクのためのニュース/ネット界の実践思想家/フィルターバブルを乗り越える/幻のサービス名「ニュースどうぞ」/記事のタダ乗り炎上をヤフーが拡大/ベテラン編集者による火消し/20世紀メディアからの決別/記者ゼロの21世紀メディア/アルゴリズムの限界/ねこチャンネルに勝てるのか/大本営発表の危険性/ビッグ・ブラザーか、民主主義の基盤か

第五章 課金の攻防・日本経済新聞

イノベーションのジレンマ逆張りの男、逆出向する/4000円という値付けに失敗を予想/頭取をブロガーに起用/社内を巻き込む方程式/勝負の分かれ目だった2010年/iPhone は新たなプラットフォームだ/スマホ時代は開発力が競争力/紙のカルチャーを変える/東日本大震災が変えたソーシャル対応/消えた旧サイト、日経ネット/パッケージは死なない/日経電子版の死角

第六章 素人のメディア・ニューズピックス

投資銀行出身者の素人メディア/記事を選ぶのはユーザー/意識高い系ニュース/NOピック運動の勃発/永続的なコミュニティという挑戦/引きずっていた成功体験/プラティッシャーの特ダネ/巻き起こったコンテンツ泥棒批判/メディアとプラットフォームの分離/有料モデルは成立するか/ライバルは日経……ではない/大手町、丸の内を取り込めるか

第七章 猫とジャーナリズムと偽ニュース

猫画像で人にニュースを感染させる/キメラという怪物の出現/暴かれた偽ニュース製造工場/ステマに見る自浄作用の乏しさ/ミドルメディアが「世論」をつくり出す/騙される人、逮捕される人/汚染に立ち上がる広告主/ジャーナリズムの新たな役割/人材育成の必要性

インタビュー

無料ニュースは微生物メディアになる(山本一郎

思考を続ける強い記事を出し続ける(石戸諭)

大前提はコンテンツの適正価格での提供(新谷学)

おわりに

ただいま予約を受け付け中です。 

ネットメディア覇権戦争 偽ニュースはなぜ生まれたか (光文社新書)

ネットメディア覇権戦争 偽ニュースはなぜ生まれたか (光文社新書)

 

 

自由のためのルールづくり「ネイティブ広告ハンドブック」の意味

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日本インタラクティブ広告協会(JIAA)が公開した「ネイティブ広告ハンドブック2017」に関して、私のツイートが騒動になるきっかけを作ってしまったことをお詫びします。既に、境治さんや、ふじいりょうさんが、ハンドブックの位置付けや課題について記事を公開していますが、私なりにハンドブックとガイドラインの意味を説明しておきたいと思います。

問題を起こし続けているネット企業

前掲した2人も書いているように、JIAAがガイドラインやハンドブックづくりを熱心に行っているのは、消費者庁との関係性が大きく存在しています。その先には消費者の姿があります。

ネットはスマートフォンの普及などにより、幅広い年齢、地域、にも利用されるようになり、消費者に大きな影響を与えるようなってきています。「ウソをウソと見抜けぬ人でないと掲示板を使うのは難しい」と言われたように、ネットの情報は玉石混交でリテラシーが求められるとされてきましたが、利用者が増えると、当然ながら多様なリテラシーの人たちである、青少年や高齢者、障害者など、誰もが安心して利用できる環境づくりが求められるようになってきます。

しかしながら、ネット企業・業界は十分に対応しているとは言えません。そこで消費者の保護に取り組む消費者庁が動き出したのです。消費者庁がネットの情報を問題視したものに「ステルスマーケティング(略称ステマ)」があります。

2012年に起きた食べログステマ問題は、口コミであるレビューをお金で買っており消費者からの信頼が揺らぎました。さらに、詐欺事件に発展した芸能人ブログステマペニーオークションソーシャルゲームにおけるコンプガチャ問題もありました。

マスメディアの場合もトラブルが無いわけではありませんが、各種団体でのルールづくりや媒体内での広告審査の蓄積などがあり、課題があれば対応が可能です。一方、ネット・ネットメディア業界は、従来のメディアではない人たちが参入し、ビジネスに関わることで、これまで積み上げてきた消費者保護のルールや蓄積は通じず、消費者が混乱する要因となっているのです。

健全化に努めるJIAAの危機感

この状況を改善するため、JIAAは会員社を拡大してくとともに、新たなステマの温床と指摘され始めたネイティブ広告の問題に取り組みます。2015年3月に「ネイティブ広告に関する推奨規程」というガイドラインを発表し、ネイティブ広告への広告表記、広告主体者の明示を定めます。定義や守るべき規程を定めて、混乱を収束させてビジネスのルールを作ってく動きです。

そこで起きたのが、CINRA.NETによる「ネイティブアドよ死語になれ」騒動です。

この騒動は、社長がJIAAの役員でもあるヤフーが、ステマ記事を排除する方針を明確にし、さらに社内調査も行うという徹底した方針を示したことで流れがつくられていきます。その結果、CINRA.NETはガイドラインに沿って媒体運営をすると方針を転換したのです。

規制が入れば、当然ビジネスの自由度は下がります。その危機感は、ハンドブックの48ページにも記されています。

このネイティブ広告市場を長期に渡って生きながらえさせるものにするのか、それとも短期的なブームにしてしまうのか、それも業界関係者がこの市場をどのように扱うかによって決まってしまうのだということも理解しておきたい。

そして、自主規制の意義についても39ページから41ページにかけて書かれています。 

2. 業界の自主的な規制の意義

法令のような強制力や罰則はないが、ビジネスを取り巻く環境の変化に応じて柔軟かつ機動的に対応できるメリットがある。何よりも、業界の自主的な取り組みにより一定の規律を課すことが、メディアや広告の自由度と信頼性を確保し、価値を高めることにもなることを強調しておきたい。

 

ガイドラインは「事後」では機能しない

食べログステマ問題の際、私はアジャイルメディア・ネットワークの徳力基彦さんやビルコムの太田滋さんらと立ち上げたWOMマーケティング協議会(WOMJ)のガイドライン委員長として、ガイドラインをまとめた立場でした。

業界団体として消費者庁総務省との情報交換を行いましたが、WOMJは口コミのガイドラインを2010年に発表していたことで、規制の強化を逃れることが出来ました。事前に自主的な取り組みを行っていたことで、前向きに話し合いが出来ました。

逆に問題が起きた「事後」にガイドラインを作るなどの対応を行ったことで、大幅にビジネス活動の自由度が下がったのがコンプガチャ問題です。コンプガチャでは、ソシャゲ業界の対応が後回しになり、企業の足並みも揃わないなど業界内でのゴタゴタがあった結果、消費者庁景品表示法に抵触することを明言、急速にビジネスがシュリンクしました。

業界の自主規制は法律ではありません。だからこそ、業界が率先して課題解決に向けて動き出していると、監督官庁だけでなく、消費者から見える・理解できることが重要になるのです。

JIAAによる熱心な取り組みにも関わらず、ガイドライン制定後も会員社による問題は起き続けています。食べログは検索結果に広告と表示せず問題になり、サイバーエージェントも広告表記を行っていませんでした。

自主規制というのは、業界に自浄作用があることが前提であり、JIAAがガイドラインを浸透させることができるか、疑われかねません。

弁護士の板倉陽一郎さんは「消費者法ニュース」に「ステルスマーケティングの法的問題」を執筆しており、ステマをめぐる問題、自主規制の動きが整理されています。そして自主規制が効かない場合は規制が必要になる可能性があると指摘しています。

4立法上の課題

ステルスマーケティングについて、自主規制が奏功しない場合には、立法による規制が必要となることも考えられる。

消費者から見ればライターも「業界」のプレイヤー

では、ライターとガイドラインやハンドブックにどのような関係があるのでしょうか。

ライターは記事を書くだけでなく、最近では記事スタイルの広告も書く場合もあるでしょう。JIAA会員社のパブリッシャーや代理店との依頼などにより、広告制作の仕事をする以上は、当然ながらガイドラインやハンドブックを理解し、尊守しながら広告を制作してく必要があります。分かりにくいと言っている場合ではありません。

ライターは広告業界に所属していないかもしれませんが、仕事をしている以上は、消費者から見れば「業界内」のプレイヤーであり、直接触れる情報を作り出している人たちです。そのような立場でありながら「我々は広告業界ではない」というのは通用しないでしょう(もちろん広告に関わらず、記事だけ書いているライターはこの限りではありません)。  

さらに、広告制作の現場から、業界が定めたハンドブックを揶揄するような意見が出たり、そのような意見を持つかのように見られるライターに広告制作を発注している状況では、JIAAが自主規制を有効であると消費者や消費者庁に証明することは出来ないでしょう。

自分自身が書き手でありながら、WOMJを立ち上げたり、JIAAの活動に関心を持っているのは、良いコンテンツを作るためには収入を確保できる適切なビジネスモデルが立ち上がる必要があるからであり、規制の「防波堤」となり、表現や言論の自由といったものを守ってくれる存在でもあるからです。

ルールをつくり自由になる

状況が改善されなければ、規制が強化されたり、ガイドラインなどを尊守しているメディアと、そうでないメディア、尊守しているライターとそうでないライター、が消費者から明確に分かるような仕組みを導入しなければならなくなるかもしれません。

分断は望みませんが、 ネット業界のお行儀の悪さは、すでに「何度目」かのものであり、今回が初めてではありません。最近ではキュレーションサイトの問題も指摘されています

困難な中で新たなルール作りに取り組んでいるJIAAの関係者の皆様に敬意を表するとともに、ネットを誰もが安心して利用できる環境になるように、私自身も何らかの形で力を尽くしていきたいと思います。