2011 Fall 京都レポート 羽生善治「経営者のための決断力と大局観」(後半
「Infinity Ventures Summit 2011 Fall Kyoto」2日目。この記事では、棋士羽生善治さんの「経営者のための決断力と大局観」の後半を紹介します。モデレーターはインフィニティ・ベンチャーズの小林雅さんです。前半はこちらから。
その場でパソコンに入力していますので不完全なところがありますのでご了承ください。
情報が多いほど後悔しやすくなる
物差しの話がでたんで、選択や知識や情報についても話をしたいのですが。
いまは莫大な量の情報や知識がある今ほど後悔、悩みやすいときはありません。卑近な例ですが、定食屋にお昼ご飯に行ったときに、定食が30個あったら、何を選んでも、自分が選んでるのとは違う、あっちのほうが美味しかったかもと疑念や後悔が浮かんでくる。たくさん選択肢が増えても、選択できるのはひとつ。自分が選べなかったことに後悔しやすい傾向があります。
未来のこと、先のことについても、同じように不安がある、リスクがある、山ほど出てきます。リスク管理を知っておくことは大事ではあるんですが、リスクは全部そのまま実現するわけではありません。一般的な傾向として、過去の自分が選ばなかった選択は楽観的で、未来には悲観的になるという傾向がある。これをひっくり返すぐらいでちょうどいいんじゃないかと思います。定食屋の話で言うなら、選ばなかった定食は本当に注文しなくてよかった、と考えることです。
将棋はコンパクトにすることで生き残った
話は変わって、歴史の話もしてみたいんですが。
将棋は古代のインドから始まりました。戦争の好きな王様がいて家臣が困ってボードゲームをつくった。それが西の方にいってチェスになって、アジアは各国には将棋がある。日本にきたのは1000年前、今のルールになったのは400年前です。
日本の将棋の特徴は、取ったコマをもう一度使うことができること。エコやリサイクルといわれていますが、将棋の駒はリサイクルです。そして、小さくコンパクトにしていくということ。
娯楽であっても歴史の淘汰があって、面白いものは残り、つまらないものは廃れる。工夫しながらルールを変えてきた。面白さを維持するために、どういうことをやってきたか。盤を広くするか、コマの力を強めるかです。囲碁は広い盤をつくり面白さを維持した。チェスはクイーンという強いコマと作った。 将棋は小さくコンパクトにした。
将棋だけの話ではなくて日本の一つの特徴かもしれません。短歌や俳句は限られた字数の中で表現します。能は面かぶったら表情が見えませんが、表情が見えないということによって、より深い情感をあらわそうとした。
小さくコンパクトにしていくというのは日本の文化の特徴といえるんではないでしょうか。仕事とか産業だけの話ではなくて、日常の生活でも簡略化するのが好きですよね。セブンイレブンをセブン、ファミリーマートをファミマ、と言ったり。
簡単に見たものは忘れる、記憶のために五感を使う
記憶について話しましょう。
将棋は対局後に最初から並べ替えして振り返ります。あれは誰でも簡単にできることなんです。どれくらい簡単か。音楽や歌を覚えているのと同じです。最初のメロディをきいたら、サビをきいたら、なんの曲か分かりますよね。リズムとテンポで覚えている。そうでないものは、覚えるのは難しい。
幼稚園によばれて園児の対局を解説してください、と言われて行ったのですが、将棋のルールを覚えたばかりの幼稚園同士の対局を記憶するのは大変です。予測不可能。なぜ、こうなるのかという驚きの連続、ですから。セオリー、形に則っているものは覚えることができる。
パソコンのデータベースでみると対局は1分間で見えます。大量の棋譜情報を知ることができます。簡単に見たものは忘れる。これは本当に重要なことです。覚える必要があるときは、盤を出したり、ノートにつけたり、誰かに話したりするようにしています。大事なことは五感を使うこと。手を使う、口を使う、鼻や耳を使うというのは記憶のために重要です。
ミスをしたときにどうするのか
ミスについても話をしてみたい。
ミスはしないにこしたことはないですが、今日はノーミス、悪くなかったというのは、めったにありません。1年や2年に一回。ここは修正する余地がある、課題があるかな、というのがほとんど。ミスをした後に、ミスをすることも非常に多い。ミスをすると動揺する。「しまった」と、慌ててしまって、冷静さを失い、ミスを重ねる。
一手詰めをうっかりして、負けたことがあります。一手詰めとは、コマが一個動いたら終わり、という状態です。ある重要な対局でうっかりでした。まったく気づかなかった。よく血の気が引くという表現がありますが、血が逆流する。本当に逆流したら死んじゃいますけど。
勝負は下駄がはくまでわからない。私も動揺して、相手も動揺して、終局した。ミスをしたあとに、どうしてミスを重ねてしまうか。前よりもずっと難易度が上がっているということ。ミスをする前は順調に、好調に、どういう方向でいったらいいのか、明快でわかりやすい、いい状態が続くという循環。ミスをすると、方針や流れがせき止められる。もう一度やり直さなくてはいけない。どういう方針で望めばいいかわからない。難易度が高く、複雑な状況を迎える。
ミスを重ねないためにどうするか。
一呼吸置くというのは非常に大事です。ちょっとお茶を飲む、ちょっとしたブレイクをとるのでだいぶ冷静さは取り戻せる。もうひとつ、その場面を初めてみたら、どいうい決断をするか考える。連続性や継続性があるのですが、ミスをしたあとは、状況が変わってしまっているので、この場面を初めての局面としたら、どういう手を指すかを考える。そうすると、何をするべきか、見えてきます。
いいとこ取りからアイデアが生まれる
想定内や想定外が流行りましたが、どこかで思っていなかった想定外の選択がうまれて、そこで悩む、考えなおす。わからないときにどうするか。程度の問題もありますが…
経験は知識として役に立ちづらいと感じています。20年ぐらい前に研究しましたんですが、全然役に立っていない。戦術もどんどん変わる。20年前に流行った形は、ほぼない。 あの費やした時間と労力は何だったのか…
ただ、直接的な知識としては役にたたなくても、これから習得しなければいけないという対象を前にしたときの、方法論としては役に立ちます。
将棋の世界にも流行があります。最先端の流行を作っている人たちは、だいたいが20歳前後。プロになっているか、なっていないかという人たちからアイデアが生まれていることが多い。
どうしてそうなるのかを考えると、いいところどりすることができる、から。経験を積むと、積み上げた部分が貴重なものと思ってしまいがちです。これはダメという割り切りがあるから新たな発想やアイデアが生まれる。
年齢を重ねたら意識的にアクセルを踏む
リスクの話もしてみたいと思うんですが。
リスクは取るというのは常にいろんな場所で言われているわけですが、程度の問題もある。
若い時は、知らず知らずのうちにリスクをとっている。年齢を重ねるとブレーキを知らず知らずのうちに踏んでいる。そのままでは減速していってしまうので意識的にアクセルを踏んでいい。
たくさんの情報や知識があって、確率や統計の世界、マーケティングも進歩しています。一つ例をあげると、コンビニのPOSシステム。お客さんがどこの店で、どう買ったか、そういうものが蓄積されて行って、次の日の品揃えが決まる。母数が大きければ正確になる。1万よりも100万人のデータをとったほうがいい。 これはある種驚くべく進歩ですが、全てではない。
ヨットをやっている友人に白石康次郎さんがいます。ヨットにもカーナビについてるGPSのようなものがあります。どこの場所なのかリアルタイムで送られてくる。白石さんがヨットを動かす時、朝起きて甲板に出て、「今日は行けるぞ」と思ったら、カンを信じる。確信を持てないと思ったらデータに従う。莫大なデータから選択することと人間が本来持っている動物的な直感で選ぶこ、どちらも重要で車の両輪のようにやっていくのがいい。
「場」が荒れているときは動く
ここはベンチャーの皆さんの集まりです。
人の能力や才能はありますが、それよりも大事なのは時代とのマッチングです。その人の持っているものと時代がうまくマッチングしているか。坂本龍馬が現代で生きていたら同じように活躍ができたでしょうか。
ここ1年ぐらい、どういう状況か、場が荒れていると感じます。抽象的な表現ですが…
東日本大震災がありました。タイでも洪水があった。ヨーロッパの経済不安定。場が荒れている。場が荒れているときは動く、変わりやすいというのは、あると思うんです。 そういうときにベンチャーというのは合っている気がします。
新しいことはたいてい失敗するが変わらないのはリスク
<質疑>
Q,辞めようと思ったことはありませんか
A,将棋は自己責任。審判や風向きの要素はないので厳しい。ミスからどう回復していくか。瞬間として捉えるのではなくて、1年や10年と捉える。
Q、新し手を試すことについて
A,新しいことはたいてい失敗します。それはリスクですが、10年後から見ると変えないこともリスクです。納得できるのが大事なので、期限を決めてやるというのもあります。3局だけはやってみる。というのもやってみる。新しい手をやって失敗したが、一年後には変わるというのもある。
Q,意思とはどのようなものか
A,意思は自分の力ではどうにもならないことにどれだけ耐えられるかではないでしょうか。自力ではなく、他力のところで、どれくらい信じられるか、信用できるか。相手に手をまかせるというのはいい状態です。自力でなんとかしようというより、他力思考。あとはなるようになれ。それが一番大事な意思ではないでしょうか。
Q,悩んでいるときはどうすればいいか
A,Aという選択肢か、それともBかで悩んでいる時に、Cという選択肢も良いのでは?と考えるようになったら要注意です。Cがいいこともありますが、長く考えたほうのどっちらかを中心にします。本当にどちらか分からない場合は、好き嫌い、主観です。比較して分からない場面では、スタイルや好み、そういうものにあった選択をしたほうがいいんじゃないでしょうか。
- 作者: 羽生善治
- 出版社/メーカー: 角川書店
- 発売日: 2005/07
- メディア: 新書
- 購入: 44人 クリック: 297回
- この商品を含むブログ (565件) を見る
【IVSに関するエントリー】