ガ島通信

メディアとジャーナリズムの未来を追いかける

記者体験プログラム2010『模擬取材で起きたメディアスクラム、決め付け…』

記者体験プログラム2010では、スイッチオンプロジェクトで独自に開発した模擬取材(シミュレーション)を行いました。
参加した学生は新人記者となり折船村(架空)に配置された、10人の村人役を取材して行く事で、村で何が起きているのかを探るというものです。取材の大変さ、面白さ、そして何より怖さを知ることを目的としました。たった3時間弱ですが、次々に起きる事象に、メディアスクラム、村人への失礼な取材や態度、決め付け、さらにはデスクの指示を聞かないということまで起きてしまいました。
まずは模擬取材の当日の様子を紹介します。午前9時。取材のスタート地点となった折船村役場の地域振興課長席。近くには地元のミニコミ紙「オリセンタイムス」を出す村議がいるが人が多くて見えません。課長にダムの振興策を聞くとコンサルティング事務所の存在が明らかになります。居場所は村議に聞くと教えてくれるため、何組かが気付き役場設定の部屋を飛び出して行きます。

役場内に設けられた婦人会に会長が出勤。数人の記者が取材を始めますが、多くの記者は課長の前から離れません。実際の取材現場でもあるのですが、出し抜かれないように「他班の質問と答えも押さえよう」と考えると動けなくなってしまいます。この記者心理が、特定の人物や場所に人が集中するメディアスクラムを生む要因となります。「独自の行動を」と言うのは簡単ですが、実際に自分のチームだけこの場を離れるというのは難しいものです。

事前に配布した記事に登場する青年部長の民宿。前村長の息子という設定。

コンサルティング事務所の看板。学生運営委員によって看板やのれんも作られました。コンサルティング事務所以外には、村人が集まるスナック、昔はにぎわったという土産物店など。

村人が、他の村人に会いにいっていると留守になる事もあります。

東京の芸術大学からUターンしてきた女性により「もみじの芸術祭」(初期設定にはない)が企画される。芸術祭は、国内外の有名アーティストが参加、いろは隊と呼ばれるサポートスタッフである村人有志が芸術祭を盛り上げるというもの。
女性をサポートしている婦人会長は、最初に地域振興課長に相談するも断られたため、コンサルティング事務所を訪問して協力を要請。しかし色よい返事はもらえません。

通路(村内)でぶらぶらしているオリセンタイムス発行者の村議(右端)を取材する記者。

持続可能な地域開発という本がベストセラーになった大学教授という設定。ダム反対の立場で環境調査を行っているはずが…
なぜか地域振興課長とコンサルタントの疑惑を報じた「ユウヒ芸能」を手に持っています。見出しは「公共事業の亡霊、再び -町課長とコンサルの親密な関係-」といかにもなもの。記事中にも「親密な交際ぶりは村内でも評判になっており、「何かあるのでは」との噂も」と書かれているが具体的な記述はないが教授が「土建政治や行政の私物化で自然が破壊されてしまうのは情けない」と断定的なコメントを寄せているという巧妙なもの。教授という権威ある肩書き、持続可能な環境を語るという立ち位置に、ダム疑惑が掛け合わされたことで、引きずられるチームが続出…

村人が移動すると記者も一緒に移動。まるで金魚のフン状態となってしまいます。携帯電話で動きをデスクに報告する記者も。

打ち合わせするデスクと記者。デスクによる村人の直接取材は禁止されているので、記者からの情報が頼り。時折取材で分かったことをデスクに伝えて方針を確認しますが、「何がなんだか分からない」「いったい何が起きているんだ」という声も。
現場の取材に没頭し、連絡を忘れたり、携帯がつながらなかったりする記者も。若手のデスクは自分のことを振り返りながら苦笑いしていました。中には、「ダム疑惑を掘るのではなく祭りや人を取材して」との指示を批判する記者まで。

控え室で相談するデスク。自分の班員からの情報が少ないと他班が気になるもの。独自方針で、と考えていても控え室の慌ただしい状況から焦りを感じ、記者に携帯電話で「あれはどうなっている?他班は知っているらしいぞ」「これを確認して」と注文を出すデスクも。残り30分を切ると控え室が殺伐とした雰囲気になっていました。

女性と婦人会長は地域振興課長に再アタック。「住民の声を聞いていない」という指摘を受けて課長が振興ワークショップの実施を決めたとのこと。11時40分ごろ。

同じ頃、スナックでは村人が雑談大会。
「ボトルを入れてくれないと話さない」「今日は気分が乗らないから閉店ね」などと学生記者を翻弄したスナックママが「みんなで話しているから出て行って」と記者の入出を拒否したことで、学生がスナック外に張り付きます。デスクの中には、締め切りぎりぎりにスナックに村人が入ったという報告に「何か談合しているに違いない。出てくるまでそこにいろ」と指示した人も出たようでした。

3時間の模擬取材が終了。取材時間も短いと感じたことから、昼食後に村人役の皆さんに協力をお願いして、再取材を受けてもらうことに。課長、婦人会長、女性、コンサル、教授らが約30分囲み取材を受けてくれました。
実は、村人役の皆さんからは「決め付けの取材がある」「話を聞いてくれない」「マナーが悪い」などの意見があり、デスクの皆さんには記者に注意するようにお願いしていましたが、再取材でもダム建設の反対派か賛成派かレッテルを貼ろうとしたり、嫌がる年齢を聞きだそうとした記者が退出を命じられました。
相手から話を聞き出すというのは、相手の気持ちを理解すること。自説の押し付けや「これはこうに違いない」という固定観念こそが記者の目を曇らせ、相手との距離や断絶を生んでしまいます。問われたのは記者やデスクの固定観念でした。そして目の前の事象に振り回され、他班の動きを気にする。模擬取材中に、何のために、誰のために書くのか、立ち止まって自問自答したデスクはいたのか、気になるところです。
プログラムはこの後、3日目の発表に向けて、取材で集めた情報から記事構成案を作る作業に入りました。

ここで紹介したもの起きていることの一部、私が切り取ったものに過ぎません。これ以外にもどこかで人が会い、何かが決まっていたかも知れません。たった10人、されど10人。たった10人と考え全容が分かるはずだと考えたチームは人の不思議さ、意思を忘れてしまっていたのかもしれません。この模擬取材の最大の特徴は、村人は自由に考え、行動するため、結論や正解はないということです。これは、事前に何度も説明したのですが、何らかの仕組まれたストーリーを暴こうと深みにはまるチームが出ました。
村人には簡単なキャラクターや出来事に対する意見といった初期設定がされており、事前に半日程度の打ち合わせを行いました。村の概要、初期設定をお渡しし、各村人は自分の意思に基づいて考え方を変え、行動してもよい事を伝えました。村人にはそれぞれに村への思いが設定されており自分自身の関心と重ね合わせて肉付けをしてもらいました。打ち合わせでは、グループに分かれてやることのアイデア出しが行われ、その後もメーリングリストで意見が交換されました。その情報は村人役全体ではなく、一部の人やグループに伝えられ、相談されたこともありました。そのためプログラムディレクターや概要を作った川上さん、さらには村人ですら何が起きるか分からず、結論が見えないものとなりました。
このプログラムの目的は冒頭に書いたように、取材の大変さ、面白さ、そして何より怖さを知ることでした。「何かがあるのではないか」と調べるのは面白さであるし、そこで人とであって新しい発見をし、何かを得てもらいたいと考えていましたが、事前の説明が悪く競争心を煽る部分が過剰になってバランスを欠いていました。ただ、それによって怖さが際立つことになりました。
あるデスクは「記者という立場は、こうも人から謙虚さを失わせてしまうのか」と振り返っていました。参加したデスクも学生も、マスメディアやジャーナリズムのあり方に疑問を持ち、意識が高い人たちでしたが、ひとたび環境が用意されると、ついやってしまう、その怖さを体験し、失敗し、自分にも関係があることを認めることから始まります。「分かっている」は分かっていないのです。
学生からは「メディアスクラムなど絶対にやらないと嫌悪していたことをやっている自分がいることに衝撃を受けた」「周囲がある方向に進んでいるときに、別の選択をすることがこれほどまでに難しいとは思いませんでした」などの振り返りが届いており、大事なことを感じ、捉えてくれたのだと嬉しくなりました。
もうひとつ、伝えたかったことは、記者が切り取ろうとしている「現象」や「ニュース」は、複雑な社会や人間が織り成す物語のひとつの断面に過ぎないということです。断面を切り取っていることを自覚し、多様な視点があることに注意を払うこと。実は何もないところから記者が勝手に意味を見出しているだけかもしれません。
ジャーナリストは真実を追究する、と言う人も時折見ますが、その真実とは何か、自分の考えや固定観念で見た断面に過ぎないのではないかと自分を一旦疑ってみる作業が必要ではないでしょうか。断面を切り取る怖さを踏まえ、それでも何かをつむぎだし、伝える。相手と向き合う以上に、自分と向き合う誠実さ、限界を知る謙虚さ、タフさが求められるのがジャーナリストであると私は考えています。そして、何のために、誰のために伝えるのか、問い続けていく。
プログラムは始めての取り組みであり、課題も多くありました。村人役、記者の学生、指導者からも意見を参考にしながら、さらに面白く、取材の怖さを学ぶことが出来るように改善していきます。協力いただいた村人役の皆さんには改めて御礼を申し上げます。ありがとうございました。

教授役の山口さんの振り返り。課長や地域が直面するジレンマ、ユウヒ芸能の位置付け、デスクや学生に望むことなどが書かれています。

デスクとして参加した美浦さんの振り返りです。
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