ガ島通信

メディアとジャーナリズムの未来を追いかける

大野病院事件に無罪判決、問われるマスメディアの報道

医療崩壊のきっかけのひとつとなったとされる、大野病院事件で逮捕された産婦人科医に無罪判決が言い渡されました。

福島県立医科大学医学部産科学婦人科学教室の佐藤章教授が代表を務める「周産期医療の崩壊をくい止める会のホームページ」にはテレビのテロップが出た直後に「無罪判決」の判決速報がアップされました。この後も情報が随時更新されるようです。
この事件については「ある産婦人科医のひとりごと」や「新小児科医のつぶやき」といったブログを定期的に見ることで検察・弁護両側の主張、問題点、医療現場の深刻さなどを理解することが出来ました。ブログの登場によって専門家が発言できるようになったインパクトは大きいものがありました。一方、マスメディアの報道は批判にさらされています。
無罪判決を受けて、手のひらを返すように警察・検察をバッシングすれば、ますますマスメディアは信頼を失うでしょう。記者に求められているのは、どうしてこのような悲しい事件が起きたのか、医療現場で何が起きていて、何が問題なのか、しっかりと取材して書くことであり、警察・検察からの情報を得て一人の医師に責任を押し付けることではありません。

1月に提出した修士論文「ブログジャーナリズムの社会学的考察-マスメディアジャーナリズムからシチズンジャーナリズムへ-」でも、ケースのひとつとして医師ブログと医療崩壊問題について取り上げています。これらも踏まえて一度どこかで整理したいと思っています。論文から一部を抜粋しておきます()は補足。

(ある新聞社の)編集委員は、大野病院事件に関する医療界の反応を知人の医師からの電話で知ったという。「新聞は何をやっているのかと言われた。何が問題なのかと問うと、インターネットを見ればいい、ブログにたくさん書いていると言われ、ネットを見て驚いた。新聞は医療現場の問題が分かっていないかもしれないと感じた」と明かす。編集委員が言うように、マスメディアの報道は遺族寄りの情緒的なものと、執刀医有罪に向けて捜査を進める警察からのリークに情報ソースを頼り、疲弊している医療現場の現状を検証している形跡は見当たらなかった。

医療界のことだけに、医師には身内をかばう側面があるかもしれないが、それを差し引いたとしても、医療崩壊という問題の本質に迫っているのはどちら(マスメディアと医師ブログ)の言論なのか、という疑問は残る。
専門家のブログは時にマスメディアの報道だけでは分からない問題の本質をあぶりだす。ジャーナリズムにとって重要なのは言論の質である。誰もが情報発信できるようになれば、マスメディアが発信している言論であるからジャーナリズム性が高いというこれまでの枠組みは通じない。マスメディアは、医療のみならず科学や法律といった専門的な世界のトピックスを、時に難しい言葉を話しがちな専門家に代わって一般大衆に分かりやすく伝える役割も担ってきたが、専門家がブログを持つことで質の低い報道は批判に晒されることになる。