ガ島通信

メディアとジャーナリズムの未来を追いかける

インタビューにおける「事実」と「解釈」を分ける難しさ

前回のエントリー:「なぜ女子大生は新聞を5つも購読しているのか」で、東京大学のi.school人間中心イノベーション・ワークショップ「新聞の未来をつくる」の第4回目「ダウンロード」の様子を紹介しましたが、そこであるチームがはまった罠について今回は書くことにします。
それは、記者やジャーナリストがインタビューから記事を書く過程、企業における上司と部下とのコミュニケーションでも発生します。聞いた話に、聞き手の解釈が入ることによって、ファクト(事実)が伝わらなかったり、ゆがめられたりして、その後の判断に影響するのです。よくあるパターンは中間管理職が話す方針がトップに直接確認すると違っていたというようなこと。事実と解釈を意識的に分けておかなければなりませんが、これは意外に難しいのです。
「事実と解釈を分けていますか?」と聞くと、多くの人は出来ていると言うのですが、実際に出来ている人は少ないのです。昨年から会社で取り組んだビジネスエスノグラフィを使ったプロジェクトでも経験したことで、チームメンバーは「最初は自分が責められているように思うが、出来ていないんだよねえ」としみじみ思い出していました。
さて、何が起きていたか。このチームの古川さんがブログを書いています。

共有していて一番難しいと感じたのは、『事実』と『気付き』(気付きというより解釈のほうが適切)の区別だ。「年収2000万円くらいかな」ともしもインタビューイーがいったらそれは『事実』であり、「セレブだな」とこちら側が思ったのであればそれは『気付き』としなければならない。この区別がぐちゃぐちゃになると、どこまでがインタビューイー自身で、どこまでがこちら側の推測なのかがわからなくなってしまう。

このチームが取材に行ったのはトレーダーの男性。日経新聞を出勤中のバス車内で読むが、紙媒体はほとんど買わず、ビジネス誌などはiPhoneアプリで購読している。仕事柄、ディスプレイで大量のニュースを見ている。新聞は楽しいから読んでいるという。「いわゆる成功者だがいやらしさが全然ない」とチームに情報と体験を共有していきます。その際、利用するポストイットは、ファクト(事実)は黄色、解釈はピンク、発見(ディスカッションで思いついた事)は青と決まっています。

このとき事実とは、インタビュー相手が自分で話した言葉や見て存在しているもの(家の状況、服装など)に限られます。ディスカッションに途中参加すると、黄色のポストイットに「セレブ」「神戸はインター(インターナショナルスクール)が多い」「仕事は道楽」などが書かれていました。なかなか自分のことをセレブと言う人はいないので、「このファクトは彼が言ったの?」「これは?」と一つ一つ確認していきました。
例えば、家の状況であれば、3LDKはファクトですが、広いというのは解釈です(広いか狭いかは人によって違う)、服装であれば、白いポロシャツを着ていたはファクトですが、ブランド好きは解釈となります。記事でもこれがごちゃ混ぜになっている事がありますね。うなずいたのはファクトですが、同意するようにうなずいたは解釈とかです。
ダウンロードで情報や体験は、確かにインタビューに行った人を通じて共有しますが、それはインタビュー相手のことであって、インタビューを行った人の解釈を通してではありません。解釈ばかりだと、何か分からないことがあってもそこから先に進めません。
このチームでも「住居も含めてバーチャルな生活で、雑誌もアプリ、本もないのに、なぜ新聞だけ紙で読んでいるのか」「話を聞いていると、自分が上にいて、普通の人は下に見ていると感じるが」など疑問がメンバーからあがりますが、インタビュアーからは「多分、こうなのではないか」と解釈が多くなり、最後は「どうしてそう悪く取るのか、会えば分かる」となってしまいました。
責められているように感じたのか、インタビュアーではないチームメンバーからも「この人のこと分かります」という声が上がりますが、そこで「なぜ分かるの?具体的に理由を説明できるの、どうして自分は分かって、人は分からないと思う」と聞くと黙ってしまいます。チームで明らかにしなければならないのは、トレーダーの男性にとっての新聞の本質や意味であって、その人がいい人か、悪い人か、という感情は別問題なのです。
これは、取材でもあることで、相手に感情移入してしまったり、逆に悪印象で批判的になったり、ということがあります。確かにイメージは大切で、自分自身も相手に良い印象を持つこともありますが、それは目的ではありません。インタビュー時には「なぜ」と思う事を一歩踏み込んで聞いておかなければ、ディスカッション時にファクト不足に陥ってしまいます。また、人は無意識に行動していることもあるし、インタビューに素直に回答していない可能性もあるので、しっかり相手を見ておく必要があります。
このように、インタビューとその情報共有はとても難しいのですが、事実と解釈を分ける(というよりも出来ていないことを明らかにする)訓練をノートで行えます。
まず、ノートのページを縦に二分割しておきます。インタビュー時に相手の言葉を書き込むのはノートの左半分の部分。終わった後に、映像か録音のテープ起こしを行い、ノートの右側に書き込んで比べてみます。そして、取材相手が「言ってない言葉」に色をつけていきます(すべてを書き込むことは出来ないので、足りないのは問題ない)。意外にインタビューをしながら、頭の中で解釈して自分の言葉でノートに書き込んでいることが分かるはずです。
東大式 世界を変えるイノベーションのつくりかた
また、新聞の話を聞きに来ているのだからと脱線に軌道修正すると、ファクト不足に陥ります。新聞だけではなく、相手の人間を理解するというのは大切な視点です。人を見なければ、その人にとっての新聞も見えて来ません。インタビューは生き物なので、あまり事前に決めた質問にこだわりすぎると広がりが不足するのです。
昨年度のi-schoolの活動をまとめた「東大式 世界を変えるイノベーションのつくりかた」にはインタビューのステップが書かれており(p30より)、具体的で簡単な質問からスタートし、広げて、深く掘り下げるとアドバイスしています。コツとして、「オープンエンドな質問を」「過去の話をしてもらおう」「なぜ?を5回繰り返そう」「やってもらおう」などがあります。スイッチオンプロジェクトでもデスクによるインタビューのアドバイスがありますので参考にしてください。

寺島さんの「(3)事前の仮説に執着しない。予想を裏切るのが、生きた人間、ほんとうのニュース」や野田さんの「(3)「!」「?」は必ず書きとめる」、難波さんの「(3)「わかった!」(共感した)と思った時、ほんとに「理解した」のか確認する」は大切なポイントです。
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