「アキバ事件で考える〜目撃ネット情報の使い方と報道・表現の自由」シンポジウム終了しました
このブログでも告知していた、情報ネットワーク法学会デジタルジャーナリズム研究会のシンポジウム「アキバ事件で考える〜目撃ネット情報の使い方と報道・表現の自由」は終了しました。参加者は、学会員、ネットユーザー、新聞記者や研究者の方など約40人。このブログを読んで会場に足を運んでいただいた方もいらっしゃったようで、ありがとうございました。
発言・質疑の自由度を高めるために、取材・研究のために申し出た方以外の動画、写真、録音を禁止するというコードが定められていたので、ディスカッションの具体的な発言内容を公表することは差し控えますが、まとまりのある話になったので議論の骨子が何らかの形で公開できないか検討することになりました。
私からは「誰もが発信できる時代に、ヤマ(事件現場のこと)は誰が登るべきなのか=事件報道を誰がするべきなのか、といった論争は無意味。登れるようになったんだからどうするべきなのかを議論すべき時期にきている(ブロガーや一般の人たちがデジカメや携帯で事件現場を撮影したことを『問題視』したマスメディアは先にヤマを踏まれた嫉妬)」「一般の人が事件・事故を撮影するマナーについて議論もあるが、マスメディア自身がメディアスクラムに関する日本新聞協会の定めた最低限の順守事項すら守っていないのに説得力がない(秋葉原の献花台を囲んだように)。プロなら倫理観を保ちながら質の高い言論で勝負するべき」といったことを話しました。
たいへん参考になる意見や質問を頂いたので、自分の考えについて頭を再整理してブログや各媒体で書いてみたいと思います。
今回のテーマに関心がある方は、デジタルジャーナリズム研究会での議論をまとめた「メディア・イノベーションの衝撃―爆発するパーソナル・コンテンツと溶解する新聞型ビジネス」もご覧ください。2006年の議論ですので、一部古くなっているところはありますが、扱っているテーマや問題意識はいまでも参考になるはずです。
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