ガ島通信

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「情報文明の日本モデル〜TRONが拓く次世代IT戦略」坂村健

情報文明の日本モデル―TRONが拓く次世代IT戦略 (PHP新書)村井純氏の「インターネット (岩波新書)」に続いて、再び読み直したのが、TRONを提唱し、最近ではユビキタス社会の研究で知られる東京大学の坂村健教授(Wikipediaへの記述が少ないのが意外)の「情報文明の日本モデル―TRONが拓く次世代IT戦略 (PHP新書)」(2001年10月発売)。

アメリカモデルを追いかけることの危険、マイクロソフトの姿勢への批判、TRONプロジェクトと初期における失敗(マイクロソフトのソフトを売るために孫正義がTRONを葬り去ろうとしたので、坂村教授は「孫正義氏には不快感を持っている」と書いている)、コンピューターが欧米言語(アルファベット)を前提として開発されているために文字が消えることの危険性と多様な文字と言語の必要、不正アクセスサイバーテロなどIT社会の光と影などが語られています。
研究者の本にありがちな「未来への希望」だけで書かれている本ではなく、『ITが革命である以上、その過程で「血が流れる」ということも考えておくべき』『社会変化は多くの不幸を生む結果になってもおかしくない』『ITを使うことによってゴミやエネルギー消費が増える』など、ITの活用で社会が変化することによるマイナス面も書かれいます。坂村教授は、大学や政府に変化を求めつつ、アメリカと違う道を選ぶ勇気と日本がイニシアチブをとってITにおける独自モデルを構築する必要性を説いています。

購入したときは「へー ITってそうなんだ」とぼんやり思っていましたが、今回は「そうそう」と実感を持って読むことができました。また、参考となる本がコラム形式で紹介されているのですが、これは巻末に一覧として並べるよりいいと思います。

誰しも少なからず時代の枠にとらわれるのですが(私のような凡人であればなおさら)、未来を見通すことができる人もいる。ある意味早すぎた「ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる (ちくま新書)」とも言えるでしょう。

読書メモ

  • 「日本の外側に世界標準−グローバルスタンダード−が存在する」このような「幻想」を日本人は抱いていると、私には思えてならない。日本人の多くは「グローバル・スタンダード」に会わない。わざわざ自分に合わない土俵に連れ込まれるのは、その時点で相手のグランド・デザインに負けている。
  • 戦略の前提として「何のために勝つのか」という哲学もないことである(この議論を深めるなら「戦略の本質 戦史に学ぶ逆転のリーダーシップ」も参考になると思います)。
  • 英語は国際標準語だから重要性を認識しておくべきだが、世界に対して情報を発信するからといって、英語に直さなくてもかまわない。知りたい内容があれば、人はその言語を学ぶものだ。
  • マイクロソフトの独占的市場力を崩す決定的な力は「時代の移り変わり」だろう。普通の会社にマイクロソフトがなったとき、本当のIT革命が始まる。
  • 人間はITリアルワールド(現実世界)に生きている。(ITは)無限の成長をもたらす魔法の杖ではない。
  • IT社会では社会の基盤全体として「オタク人間」が貴重化する。「優秀であれば社会性が欠けていてもかまわない」という価値観が共有されていないところに、知識創発社会はなりたたない。
  • 情報の特性は、所有することよりも利用することに意味がある。
  • 「一曲聴けば10円」という微々たる儲け。その支払いのための処理に手間がかかからないマイクロペイメントシステムを確立すれば、ハッキングする手間をかけてまでモラルを破ろうとする人は意外と少ない(iTmsのようなものでしょうね)。
  • いい音楽をつくる人は、全世界から少額の報酬を集め、従来型の「マスメディア・タレント」に匹敵する稼ぎを上げることも夢ではない(梅田さんのグーグルアドセンス話と同じだ)
  • インターネット関連のベンチャー企業を上場させるようなブームを煽ってIT革命などといっているようでは話にならない。
  • 昨日まで書類の整理をしてきた人がIT化によっていきなりクリエーターになることはあり得ない。人材の流動性を生かす社会システムが求められる。
  • 失敗した人にチャンスを。チャンスを与えるだけでなく、チャンスを生かすために自分をレベルアップさせる再教育の機会が不可欠である(大学の社会人教育の充実を主張している)。
  • 知識創発社会を目指すということは、従来の社会モデルを根本から崩すことになる。そして日本人の多くはこのような社会の不安定さに対しては強く不安を感じることになるであろう(最近やたらブーム化している「格差社会」報道。新聞やテレビのアジェンダを決めるのは中高年なので、ITによる社会モデルの変革に対する彼らの「不安」が、小泉改革批判という皮をかぶって出てきているのかな、とも思ったり…)。

ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる (ちくま新書)

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インターネットは「僕ら」を幸せにしたか?―情報化がもたらした「リスクヘッジ社会」の行方

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