ガ島通信

メディアとジャーナリズムの未来を追いかける

ウェブ2.0=インターネットは依然としてG(ギーク)toGである

404 Blog Not Foundのエントリー中にあった「Web 2.0でくくられるものが地味だからだ。」と言う言葉が引っかかっていました。

RTC勉強会 『Web2.0』 -ビジネスへのインパクト」に参加しましたが、会合自体は「ちょっとがっかり」のレベル。スピーカーの話、参加者の質問や議論自体が、ウェブ2.0の先を見たいのか、ウェブ2.0での儲けかたを探しに来たのか「まだら模様」で、焦点がぼけていた気がします(危うく、後ろに座っていた人ジントクリキさんに当たりそうになった)。
しかし、その後の飲み会が面白かった! 自分の頭の中で整理できず、ぼんやりと考えていたことが、皆さんとブレスとすることである程度明確になってきました。やっぱり参加してよかった(オイオイ)。

そもそも、ウェブ2.0のCGM(口コミ)などは、既に価格ドットコムや旅窓で実現しているし、ブログ、アドセンスアドワーズも今あるサービスに過ぎません。ウェブ2.0はこれからのものではなく、これまでのものです。

ウェブ2.0は、これまでにあるマーケットの裾野を広げるために、Cに注目してもらうために考え付いた「言葉」なのでしょうが、どうも「弱い」。それに、本当に普及したときに、アクティブにグーグルマップや他のウェブ2.0的サービスを行っているサイトに、どれくらい口コミなどを書き込むのかにも、一抹の不安があります。あふれかえる情報をどう整理していくかも…

対マスメディアという点、つまり「言論」においては、一定の効果をもたらす可能性はありますが、広告、お金を生む部分においては、結局のところプラットフォームを握る、グーグル様が大変儲かって、残りはグーグルに寄り添いながら、おこぼれを頂戴するしかない状況になるでしょう。ポータルやマスメディアは一時的に「死ぬ」のかもしれません。

しかし、物事はGtoCに落ちた瞬間から莫大な金を生む。個人的な見解ですが、ウェブ2.0では、Cには落ちない気がします。なので、ギーク2.0であると言う言葉はその通りなのかもしれませんね。

ウェブ2.0の次にあるフェーズ、GtoCのフェーズは、技術や革新的ユーザーインターフェイスではない可能性があります。

日本で、パソコンがGtoCに落ちた瞬間は、1995年だったと思います。そう、ウインドウズ95が発売された年です。生中継で秋葉原の喧騒を伝えるマスコミを苦々しく見つめたGも多かったはずです。いわく、「GUIなんてマックが実現してるよ」「Win3.1でも十分使いやすい。何が違うんだ?」などいろいろな議論があったように記憶していますが、Gの気持ちとは裏腹に、パソコンは一気に普及しました(次の日、マスコミに煽られてパソコンを持っていないのに、ウィンドウズ95を買ってしまった、上司や家族を見てさらに苦々しく思った人もいたかもしれない)。

正確な記憶ではありませんが、このときマスコミは「今日からパソコンが簡単になります」と非常にキャッチーで、分かりやすい軸で報道していたと思います。ウインドウズの箱が詰まれたパソコンショップに殺到する人を見ながら、何かが変わる気がしました。すごくくだらないように思いますが、的確なマーケティングと「言葉」が時代を動かしたのです。

もちろん、ウェブ2.0的なビジネスは、しばらく続くのでビジネス対応はしっかりとしていく必要がありますが、思ったよりお金を生むパワー(つまり言葉の力)が弱いのかもしれません。なので、オライリーは「株を売り抜けよう」と必死で言葉をつむぎだしていると言えなくもない(悪く考えすぎか?)。

まだまだインターネットはGtoGに過ぎないと思います。GtoCフェーズ、ウェブ2.0の先を想像して話し合うのはワクワクします。