ガ島通信

メディアとジャーナリズムの未来を追いかける

『地域ではたらく「風の人」という新しい選択』の出版は、東京中心のメディアへの挑戦でもありました

法政大学社会学部藤代ゼミでは、ローカルジャーナリストの田中輝美さんとともに、島根で活躍する「風の人」を取材する活動「風の人プロジェクト」を年始から行ってきました。8月18日にいよいよ『地域ではたらく「風の人」という新しい選択』というタイトルで発売されます。実はこのプロジェクト、東京中心のメディアへの挑戦でもあるのです。

 

地域ではたらく「風の人」という新しい選択

地域ではたらく「風の人」という新しい選択

 

 企画が通らなかった「風の人」本

本のタイトルにもなっている「風の人」という存在に注目したのは、2011年に起きた東日本大震災の活動経験がきっかけでした。被災地で出会いソーシャルメディアつながった人たちが、連携しながら他の地域の課題や社会問題に取り組んでいるのを見て、場所を超えた面白いネットワークが生まれているなと感じました。

 徳島の神山町美波町、岡山の西粟倉村、島根の海士町などは、地元のメディアを飛び越えて他地域とつながり、感度が高い人が訪れています。「食べる通信」のような地方と都会をつなぐ新しいメディアも登場。このような状況を日経新聞電子版の連載にまとめました。

 

www.nikkei.com

さらに、日経新聞の協力で、美波町で高齢者のタブレット使用のサポートを行う活動拠点「ITふれあいカフェ」を立ち上げて高齢者向けの製品開発事業を開始していた奥田浩美さんと食べる通信の編集長高橋博之さんとイベントも行いました。 

イベントの反応も良く、地方創生が話題になっていたこともあり、ローカルジャーナリストとして独立した田中輝美さんと相談して、全国の「風の人」を取材して書籍にしたら面白いのではという話になり、いくつかの出版社に相談してみたのですが、企画は通りませんでした。

たまたま話した部門やタイミングが悪かっただけかもしれませんが、出版業界に詳しい知人に聞いても、確実に売れる本(嫌韓・中関連や自己啓発系など)、これまでに(売れた)本を出している書き手、ソーシャルパワーがあって(出版社が何もしなくても)売れそうなもの、しか企画が通らなくなっているという状況になりつつあるということでした。マス的なメディアの限界を感じることになったのです。

 自分たちで本をつくろう

「風の人」は知ってもらいたいけれど、たくさん売るために無理に煽って変な本になるのも嫌。地域を取り上げた本は、良い意味でも悪い意味でも東京の人たちの都合のよい本になって、地元の人たちから「なんか違うなあ」と言われるようなものにもしたくない。地方出身者として「地方への幻想イメージ」のようなものが、ねじ曲げていると感じることもありました。

そこで、田中さんと相談して、自分たちで出版するためにクラウドファンディングに取り組むことにしました。開始時点では出版社は決まっておらず「クラウドファンディングが盛り上がって成功すれば、どこか出してくれるのではないか」という楽天的な話をしながら、自分たちでデザインして、印刷し、手売りすることもあり得ると腹をくくったのです。

 

faavo.jp

 

田中さんによると島根では「風の人」と言える人が、各地に点在して全国から注目されつつあるということでした。海士は既に成功事例として知られていましたが、江津や雲南、奥出雲で、面白い人がいる、全国の「風の人」から島根の「風の人」にフォーカスを集中することにしました。

田中さんと藤代で書くという選択もありましたが、取材はゼミ生が行うことにしました。地方からのゼミ生もいれば東京でずっと暮らしているゼミ生もいるため、地方の視点、都市の視点、どちらも取り入れることで新しい発見が生まれることを期待しました。

1月にゼミ生にプロジェクトについて説明。インタビューの事前調査を進めるとともに、書籍化する費用を検討するように伝えました。

ゼミ生が、図書館から自費出版の本を借りたり、ウェブで調べたりして出した結論は「出版は儲からない」という現実でした。「利益で焼き肉も食べられない…」。

ゼミ生にはゼミ費から取材経費を借りてもらい、本を売って返してもらうことにしました。法政大学メディア社会学科には将来「出版社に行きたい」という学生もいるのですが、メディアを作ることの難しさ、売っていくことの大変さを身を持って感じるプロジェクトになりました。

田中さんのパワーで、FAVVOは早々と目標を達成。しかし、出版社を探すのは少し手間取りました。企画の趣旨を理解して、ただ本を出す、だけでなく一緒に本を売るところまで取り組んでくれるところ。できれば地方、島根の出版社が良い…

伴走してくれる出版社

こんな無理な条件でしたが、ご縁があり島根のハーベスト出版さんが引き受けてくれました。編集者は、東京まで来て「学生時代に本を出すなんてできない。一生懸命取り組んで」とゼミ生にアドバイスをくれました。藤代が島根に行って田中さん、編集者と一緒にタイトルも考えました。

島根での取材、原稿の執筆、ゲラの確認… 出版されるか、自分たちでつくるかもギリギリまで分からない。不安定な状況で、7ヶ月の間に多くのことがありました。ゼミ生は最後まで粘り強く取り組み、8人のインタビューのうち7人をゼミ生が担当することが出来ました(1本は田中さん)。いいタイトルが決まり、素敵な表紙が出来上がりました。

第一弾として以下のイベントを行います(イベントは終了しました)。最近はメディアのイベントは東京でたくさん開かれていますが、地域を面白くするローカルメディアの実践者が集結して話すイベントはとても少ない。書籍付きチケットもありますし、ハーベスト出版の編集者もやって来てくれる予定です。

 

peatix.com

 

改めて 活動を支えて頂いた皆様、ありがとうございました。これから書籍をより多くの人に届けるために、他にもイベントなどを行っていきます。ゼミ生の目標は、取材経費を返し、打ち上げで焼き肉に行くことです。本を手にとって頂いたり、イベントに参加して頂けるとありがたいです。どうぞよろしくお願いします。

研究室のウェブサイトに「風の人」プロジェクトの特設ページをつくりました。