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ガ島通信

メディアとジャーナリズムの未来を追いかける

ブログ10年。この先もジャーナリズムの未来を創り続けよう

9月4日でブログを始めて10年になりました。ここまで続くとは思ってもいませんでした。支えて頂いた読者の皆さん本当にありがとうございます。

ブログ始めました!(2004年9月4日)

徳島新聞の記者だったこともあり匿名でスタート、ブログはライブドアでした。新しいジャーナリズムへの挑戦と実践に踏み出すということで、当初は興奮と緊張の連続でした。

最初のエントリーにも書いてあるのですが、文化部で若者向け紙面のリニューアルを担当し「若者の新聞離れ(新聞の若者離れ)」を痛感していたところに、2003年に湯川さんと青木さんの共著「ネットは新聞を殺すのか-変貌するマスメディア」が発売され危機感が高まりました。

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【文化部時代の写真】白いPCで担当紙面のホームページやブログを更新してました。

また、労働組合の青年女性部の役員をやっていたこともあり、04年1月には青木さんの講演やビデオジャーナリストの神保哲生さんと社会学者の宮台真司氏さんによる「ジャーナリズム構造問題」マル激トークを含んだ、新聞労連青年女性部・全国学習交流集会2004「本日廃刊…となる前に」を徳島新聞の会議室で開催(当時の告知サイトが残ってました)したのも、ブログ開設の後押しとなりました。

当時は新聞記者のブログは珍しかったこともあり、すぐに反応がありました。どこの誰かは分からない場合も多かったですが、ソーシャルメディアのつながる力を実感し、「これはジャーナリズムが大きく変わる」「誰もがジャーナリストになる時代がやってくる」と感じました。

10月には中越地震があり、災害時のジャーナリズムや地域メディアのあり方を大きく考えるきっかけになりました。「マスゴミ批判」を検証したり、被災報道についてルポをして地元紙の方に怒られたり。最初は職場である新聞社がどうなるのかという関心もありましたが、いつしかジャーナリズムの未来に興味が向くようになりました。そして、ブログがあれば書きたい事がいつでも書ける、ことは徳島新聞を退職する勇気を与えてくれました。

NTTレゾナントに転職し、東京に行ったことで、ブログを通して交流していた皆さんとリアルにつながることが出来ました。RTCカンファレンスをお手伝いしたり、仲間たちとOBIIを立ち上げて開発合宿をしたり、デジタルジャーナリズム研究会で議論もしました。ブログの経験やリアルの取り組みが、日本ジャーナリスト教育センター(JCEJ)や東日本大震災での活動につながりました。

今や現役の新聞記者もツイッターフェイスブックで情報発信するようになり、状況は大きく変化しました。一方で、「火がついた人は外に出て行ってしまった」「優秀な人材が集まらない」との声も聞くようになりました。ここまで閉塞感が現場を覆うとは…これは予想外でした。

この夏は多くの仲間たちとメディアやジャーナリズムを語り合う機会に恵まれました。どことなく湿りがちな話をかき混ぜ、こんなに面白い時代、本気出して楽しもう、と話しました。愚痴っていても何も変わらない。半歩でも踏み出そう。

昨年から縁あって法政大学社会学部で、ジャーナリストを育てることになりました。先日急逝した同僚の船橋晴俊さんから春学期の懇親会から帰る際に電車内で頂いた言葉があります。

「凡庸な教師はただしゃべる。よい教師は説明する。すぐれた教師は自らやってみせる。偉大な教師は心に火をつける」(William Arthur Wardの格言)

偉大な教師になれるかは分かりませんが、メディアやジャーナリズムの世界で活動する仲間(これから活躍するゼミ生も含め)に火をつける役割だよと、船橋さんが言ってくれた気がします。

人の心に火をつける(なんとおこがましいと思うが)ためには自分が燃え尽きては意味がありません。辛いときや苦しいときには、ブログを通して心にエネルギーをもらいました。ブログを通して知り合った友人や仲間が何よりの財産です。一緒にジャーナリズムの未来を創っていきたいと思います。引き続きよろしくお願いします。

追伸:同じくブログ10年選手のローカルメディアの仲間によるエントリー。おめでとう。これからもよろしく!