ガ島通信

メディアとジャーナリズムの未来を追いかける

取材の現場から9

記者による中越地震リポート。趣旨はこちら(一度はお読みください)。また、現地の状況は絶えず変化しています。筆者の考えが変化したり、表現にブレが生じる可能性が高いため、継続して読んで判断してもらえると助かります。
◆Aカメラマン・最終報告◆

現地に居るときから、いや、きっとその前から悪い頭でずっと考えていることがある。一体、メディアはなんの為にあるの?かなり語弊があるのを承知で言わせてもらうのならば、「忘却を防ぐ」ただそれだけのような気がする。メディアは埋まってしまった子どもを掘り出すこともしなければ、救援物資を運ぶこともしない。偉そうなことを言って、悲惨だ悲惨だと騒いでみても、決して当事者ではない。当事者でないメディアが、さらに当事者でない被災地外の人々に出来ることといえばその程度だろう。このブログも読んでる人も含めさまざまな意見がある、被災者支援、ボランティア情報、マスコミ批判なんでも良い、新潟中越地震に関心をもったのらならば、1円の募金でも、新潟の酒を買うでも、学校や会社で「そういや地震でな、こんなひどいマスコミ話があってん」と会話をするだけでもいい、被災者の為に「忘却を防ぐ」そのことをしてくれればメディアが情報を流した意味があると思う。
私は以前、某全国紙のカメラマンに言われたことがある。「写真を撮れば人間失格。写真を撮らなければカメラマン失格」。その時は、「人間失格になるくらないならカメラマンやめたるわい」と思ったものだが、その考えが現実を知っていくに従っていかに甘い考えだったかと実感している。今もって私にはこの答えは出せていない。また、災害が起きればこの疑問を抱いたまま現地でカメラを持つと思う。そして、単なる評論家・批評家になってもいいから、どんどんマスコミを非難してほしい。どんどん話を広げてほしい。そして、機会あれば話し合ってほしい。それが、中越地震を忘れささない力の一つになると信じている。(了)

あと何人かの記者にリポートを頼んでいましたが、別の事件現場に投入されるなどブログに書くヒマもないようで、とりあえずこのシリーズは今回で終了したいと思います。私の無理なお願いを聞いてくれ、忙しい中リポートしてくれたAカメラマンとB・C両記者に非常に感謝しています。そして読者の皆さん、貴重なご意見をよせてくれた皆さん、本当にありがとうございました。

・このエントリーは旧ブログより記事を移動したものです

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