ガ島通信

メディアとジャーナリズムの未来を追いかける

さとなおさんの「コミュニケーションの未来予想図」を聞きながら考えた新聞を辞めた時の事、新聞やジャーナリズムの未来

さとなおさんが講演する「コミュニケーションの未来予想図」で司会を務めますで紹介した、情報通信学会の第27回学会大会の間メディア社会研究会が6月27日、早稲田大学国際会議場で開かれました。学習院大学の遠藤薫教授と東京大学の木村忠正准教授がコメンテータ、私は司会を担当しました。さとなおさんの話は変化を押さえつつ、その本質を考えさせてくれるものでした。

さとなおさんは、会場からの質問に答えて「新聞を立て直すのに一番大事なのは、ライターやコンテンツメーカーにお金をたくさん使うこと。それにより競争が生まれる。お金をもらえるならブロガーも流れ込むはず。面白いと読者は新聞に帰ってくると思う。メディアの価値ではなく、コンテンツが大事。テレビが出てきたときに映画は落ち込むと思ったが、テレビが出来ないことをやって生き残った。1800円払って2時間見に行くというのはすごいこと。ハリウッドは、それを支えるスターシステムと質の高いコンテンツがある」と質向上が生き残りのカギとの話をされていました。
ですが、新聞社での経験からそれはとても難しく、単にお金をかけるだけでは実現しない。「新聞では」「ジャーナリズムは」という常識を見つめ直し、根っこの部分での変化が求められること。その変化への反発の強さが、自分が新聞を辞める原因の一つでもあったなと思い起こしたのでした… また後ほど詳しく書くして、まずはさとなおさんの講演をご紹介します。

研究会主査の遠藤先生から「ネットVSマスメディアに議論がなりがちだが、分かれるものではなく重なりあっている。多様なメディアが相互に連結し合い、コミュニケーション空間を形成していることを間メディア環境と呼ぶ。このような異なるメディアが接続されることによって生じる新たな意味空間に注目している」と説明があり、始まりました。以下は私が取ったツイッターメモを再構成したものです。

10年の動きは早い。いまクリエイティブディレクターという肩書きでご紹介頂いたが、それも古いかも。クリエイティブだけでなく、メディア選択、消費者分析という一貫した作業を現場でやっている。研究者と観点は少し違うかもしれないが、コミュニケーションの未来予想図というお題で話したい。
過去10年の変化について分かる動画がある。10年前。買い物に行っても商品が少なく選びやすい、WOM=1to1コミュニケーション。お茶の間、ゴールデンタイムがあった。CMは娯楽でもあった。夜寝ると夢に見るぐらいブランドのファンになった。でも、時代が変わる。お店に行っても似たような商品が溢れ、どれを選んでいいか分からない。メディア接触も多様化、テレビ、雑誌、PC、ソーシャルメディアも出てくる。WOMもネットワーク化。CMは嫌われ者に、ブランドに対しても懐疑的になり、その時代にどうエンゲージメントするのか。
広告は「コンテンツとコンテンツの間」にあった。たまたま生活者に見られるもので、認知させたいときに効きやすかったが、お茶の間が消え、3ウィンドーズ(テレビと携帯、PC)で情報洪水になり、消費できない情報が急増すると、人はいろんなメディアを渡り歩く。
生活者が情報強者になった側面もある。情報はトップダウンだったが、ボトムアップになった(「明日の広告」p65参照)。ソーシャルメディアが生まれて情報を比較するようになって、情報リテラシーもあがっている(後ほど聞いたところによると、ここは情報リテラシーがあがるというより、比較できるようになったというところがポイントだそうです)。一次情報もマスメディアだけでなく、生活者側にもある。大臣会見なども生中継されるようになった。
商品本位から生活者本位に。送り手本位から受け手本位に。既存のマスメディアに流していればいい時代から、生活者が触れているメディアを選択して流さなければいけない。F1層といっても、20代と30代は全然違う、ターゲットを決めて、メディアを組み合わせる。10年前のお作法で報道やエンタメをするのはまずい。では、10年前のお作法とは。クオリティが多少低くてもいい、上から目線の教えてあげる論法、お茶の間に流して世論形成、ニュースそれ自体が商品で売り手市場で工夫・努力も足りなくても売れる。さらに、ネット=闇というイメージで、ボトムアップされてくる論説を無視することができたが、通用しなくなった。
では、5年後、10年後はどうなるか。誰にも分からないけれど、ネットは環境になり、検索は空気になる。プッシュ型はリアリティをなくすだろう。そんな時代、実は間メディア性の話に似ている。買うために空気をつくる、場をあたためる。プル・プッシュ・WOM・企業広報を連携。企業からは本気度を伝えて社内意識もアップする。プルは理解促進。WOMは信頼性強化。一つ一つバラバラではなく、情報経路や文脈を結びつけてコミュニケーションしていかないと伝わらない。
乱暴かもしれないけれど、ソーシャルメディアは、プッシュ・プル広告、企業広報が乗っかる座布団のようなもの。従来メディアもソーシャルメディアの中にある。鳩山さん辞任、はやぶさのこと、色んなことをツイッターで知った。その後テレビや新聞を見た。ソーシャルメディアはつながる場所から、出会う場所に変わってきている。マスメディアはコンテンツメーカー的な役割が強くなるだろう。

パネルだったはずが興味深い話に皆さん、さとなおさんへの質問モードに。
木村先生から「ソーシャルメディアは、沖縄や消費税。社会に取り組むべき課題はどう扱えるのか。消費生活を豊かにするためのメディアになっているのではないか。また社会の分断が生じるとして、分断したままなのか、つなげるメディアが出てくるのか」、遠藤先生から「メディアが変わったらそれだけで社会が変わるとは思えないが」という質問があり、さとなおさんは「ソーシャルメディアだけで、問題解決は難しい。田舎ではお茶の間が存在していてテレビでOKということもある。メディアが変わったり、社会が変わったりしても、人の心は変わらない。届き方が変わる。私の話は、社会変化についての是非ではなく、変化したから伝える側の責務として対応していなかければいけないという話です」と回答されていました。
参加者からも質問があったのですが、気になったのは「学説では…」というコメント。これを「新聞では、広告では、大学では、この会社では」と入れ替えてみるとどうでしょう。お互いが業界の常識が壁になる異質なものから学んだり、多様な議論を行ったりするときには、一度自らの業界的な思考や視野を止めてみて、相手の言っている事を受け止めて、自らの知識や経験と照らし合わせて学びのきっかけにするほうが前向きであるように思います。
この「新聞では」の話と、冒頭のコンテンツの質の話は大きく関係してます。そして、自分がなぜ新聞社を辞めたのかにも。
新聞社を辞める前の2年間は、高校生向けの紙面改革(いわゆる若者の新聞離れ。現実は新聞の若者離れ)を担当し、書き方、見出し、レイアウトまで、様々な表現に取り組む事ができました。高校生という読者に向けて、何が響くのか、単に求められるものではなく新聞らしいコンテンツは何か、試行錯誤の毎日でしたが、最も困難を極めたのが、社内のあらゆる部署、OB、そして取材対象や読者が持っている、新聞はこうだという「常識」をどうやって打ち破って行くかでした。
ターゲットにした読者からも、すぐには反応はなく、社内外からのプレッシャーに何度も「自分が間違っているのではないか」と方向を見失いそうになりました。支えてくれたのはチームと読者とその反応を感じ取っていた販売担当の方で、やりきる事が出来たのですが、社会部への異動を伝えられたとき、新聞社の中で最も読者から遠く「あるべき」論が強い部署での難しさを考えて、インターネットに活動の場を移すことにしたのでした。
明日の広告 変化した消費者とコミュニケーションする方法 (アスキー新書 045)
この経験から、いくらお金を使っていい人材を集めても、コンテンツやクリエイティブがこれまで通りだと意味がないのではないか、という疑問を常に持ち続けています。コンテンツの質を高めるといっても、業界や会社の常識を疑い、ターゲットのことを考えなければいけません。また、スターをつくるためには、広く浅く部署を異動していくジョブローテーションや40前後で現場から退き記事を書かなくなる現状を変え、競争だけでなく専門性や表現についても学ぶ場をつくり底上げする仕組みも必要です。
会場では「いくらお金を積まれても社会部に戻る気がしない」と冗談気味に話して、広告業界でも同じような問題がないか、さとなおさんに質問したところ「今の代理店はメディアの代理店だったが、多少は変わっていく。動きは遅いけれど」とサトナオラボのことなどを紹介してくれました。淡々とした発言でしたが、電通のような大きな組織の中で活動することは大変な困難を伴うはずで、時には心折れそうな時もあるのかもしれませんが、諦めずに取り組んでいらっしゃるのでしょう。その姿勢に深く感銘を受けました。
私は「外」に出てしまったけれど、このブログだけでなく、スイッチオンプロジェクト、東大のischool「新聞の未来をつくる」ワークショップなどで、伝えること、新聞(いわゆるこれまでの新聞ではなく)やジャーナリズムの未来について、粘り強く考え、取り組んで行きたいと思います。もちろん「中」でも取り組む機会があれば…
最後に、今日のパネルに備えて、さとなおさんの「明日の広告 変化した消費者とコミュニケーションする方法」を読み直したのですが、しみじみいい本でした。ラブレターの話も、スラムダンク一億冊キャンペーンの話も… 広告というタイトルですが、伝えたい事がある人、ジャーナリストにとっても発見が多い本だと思います。
追記:さとなおさんが、さなメモに「間メディア社会研究会にてパネリストをやった」というエントリーをアップされていますので、ご覧ください。
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