ガ島通信

メディアとジャーナリズムの未来を追いかける

「国家の罠」佐藤優

国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて。


「巨悪を眠らせない」のキャッチフレーズで知られる東京地検を代表とする特捜部幻想はマスコミの世界にもあります。地方紙の記者は、あまり検察庁を熱心に回らない傾向にありますが、私は当時の幹部と不思議と気が会い、大事にしてもらいました。別の言い方をすれば、検察ベッタリ記者だったということです。まだ2年目、3年目のことで、特捜検事上がりの幹部に「見込みがある」などと言われると舞い上がっていたものでした。
しかし、検察庁に食い込んでいくほどに、そう簡単に「正義」と言えるような組織ではないことが分かってきました。もちろん、良心的な検事も、人間性を疑うような検事もいましたが、組織はそのどちらも飲み込んで動いていきます。

国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて」は、ムネオ事件の際に逮捕された外務官僚・佐藤優氏による手記。外交政策への視点、外務省の内部抗争と非情さ、大変読み応えがあります。検察の内部事情も「取り調べられた側」から緻密に分析しています。私にとって興味深かったのは、担当となった検事とのやり取りです。検事は「国策捜査」を認め、佐藤氏は「犯罪者」となることを受け入れる。互いが折れ合い、惹かれ合っていく… 不思議な物語のようです。

マスコミとの関係について佐藤氏は第六章で『国策捜査を展開する上では、マスメディアの支援が重要です。ジャーナリストの職業的良心とは「国民の知る権利」に奉仕するため事案の真相に肉迫していくことだと思います。しかし、あの熱気の中でメディアスクラムが組まれ「佐藤は鈴木宗男の運転手をしている」などの疑惑報道がなされました。私は日本の運転免許証を持っていません…。一旦報道された内容は後で訂正されません』と指摘し、『「国民の知る権利」とは正しい情報を受ける権利も含みます。正しくない情報の集積は国民雄苛立ちを強めます。閉塞した時代状況の中「対象はよくわからないが、何かに対して怒っている人々」が、政治的扇動家に操作されやすくなるということは歴史が証明しています』(一部略)とつなげています。どれくらいこの言葉を真正面から受け止められる記者がいるのでしょうか。

私が友人の大手紙記者を、あるジャーナリズムの研修会に誘ったとき「恥ずかしくて行けません。僕は毎日ヘコヘコしながら検事や事務官のご機嫌取りをしているのに…。おかしいことをしてると思いますが、僕も組織にいるから… すいません」と謝った。彼は、当時地検特捜部を担当していて、毎日各社との「抜いた」「抜かれた」に奔走していました。会社の取材方法に疑問を感じつつ、組織の中で与えられた役割(この場合、抜かれるな。抜け)を果たさなければなりません。

苦しみ、悩みながらも、多くの記者が大勢に流されてきました。事案の真相に肉迫するよりも「他社に抜かれるのが怖い」ので検察に媚を売りぶら下がる。結果、検察の問題点や捜査を批判するような記事は、ほとんど紙面に載ることがありません(産経新聞が下に紹介した三井事件の検証を書いたことはあります。内容的にはたいしたことありませんでしたが、書くことが小さな前進です)。検察、警察(ほぼ同じ構造です)報道の裏側には、マスコミの「改善されない体質」が横たわっているのです。

追記(5月2日) J考現学さんの推薦の本を追加しました。k1maniaさんの指摘は確かにそうで、私がこのブログで提示しているのも私の意見や見方でしかありません。最終的に検察がどのような組織であるかは、紹介している本や新聞での連載などで読者の方一人ひとりが判断してください。批判的な側面ですが、佐藤氏はひとりの外務官僚として特定の政治家(鈴木氏)とあまりに近すぎたのは問題でしょう。著書は、全体的に冷静に書いていると思いますが、鈴木氏と一部外務省職員への記述はやや感情的になりすぎている気がします。

魚住氏の2冊は読み比べると非常に興味深いものがあります。同じ人が書いたとは思えないほどで、検察内部には、あまりの豹変振りに驚きの声が上がったとも言われています。魚住氏は「権力の中で、権力の都合のいい存在として動いていたら気持ちの良いシャワーのように情報が降り注いできた。それは間違えていた」とブログで紹介したのとは別の講演会で話していました。よければご覧ください。

関連エントリー「マスコミは有害無益・特捜部長発言」。よろしければ、日経BPの連載「誰のために書くのか。「読者」の存在を忘れた記者たち」にもご意見をお寄せください。

◆参考書籍◆
告発! 検察「裏ガネ作り」」(三井環、元大阪高検公安部長)、「特捜検察の闇」(魚住昭)、「特捜検察」(魚住昭、特捜検察の闇と読み比べると面白いと思います)、「秋霜烈日―検事総長の回想」(伊藤栄樹、元検事総長)、「検察の疲労」(産経新聞特集部)など。