ガ島通信

メディアとジャーナリズムの未来を追いかける

「クライマーズ・ハイ」横山秀夫

今マスコミに席を置く人、それからこれからマスコミを目指す人、特に地方紙を目指す人は必読と言えるのが、地方紙記者出身の作家・横山秀夫氏の「クライマーズ・ハイ」です。これぞ「日本初の地方紙小説」です。

クライマーズ・ハイ (文春文庫)

クライマーズ・ハイ (文春文庫)

結末は理想的過ぎる結末かもしれませんが、展開される話題はリアルです。
題材は、日航ジャンボ墜落事故。事故全権デスクを命じられた北関東新聞の元警察担当(サツ)記者悠木は、現場と本社の温度差に、そして伝えるとは何か、記者とは何かという新聞記者の本質的問題に苦悩します。過去に「連合赤軍事件」を体験した上司たちは、部下が自分たち以上の現場を踏んでしまうことに嫉妬し、凄惨な現場を見た記者は壊れ、「ああいうのを本当の現場っていうんスよ」とデスクに言い放ちます。そして、何百人もの乗客が死んでいるにもかかわらず、現場に行って写真を撮うとする記者出身の広告部長。「現場を踏みたい」という記者の業(ごう)を見事なまでに描いています。

社内では、社会部と政治部のつばぜり合い。社長派と専務派に分かれて権力闘争。地元政治家へ配慮した紙面展開。これでもかというぐらいエッセンスがてんこ盛りですが、実際の地方紙ではこのほとんどのことが大なり小なり起こっていると考えてもらっていいと思います。

全国紙の友人の中には「横山は絶対にゴーストだ。例え新聞社に12年いたとしても こんな細かな描写は書けない」と話す人もいましたが、私は自身の体験から「地方紙記者だったからこそ、ディティールが書けるのだ」と説明しました。私が地方部から文化部への異動になった際、上司は「お前も主流(この場合社会部をさす。伝統的に新聞社では社会部や政治部が上位で文化部は落ちるとされている)に戻りたければ、役員と食堂でソバ食えよ!」と笑いながら言ったものです。
地方紙では、社を掌握する権力は身近です。役員は喫茶で珈琲を飲んでいるし、ソファでヒマをつぶしていることもあるし、エレベーターに乗り合わせることもあります。全国紙だとそうはいかないのでしょう。仮に、読売新聞社員ならニュースを通してナベツネを見る機会のほうが多いのでしょう。

私はこの本を同期に送るつもりでした(理由は本を読めば分かるはず)が、送る必要はありませんでした。買おうとして書店で手をとった瞬間、同期から携帯に「ぜひ読んでもらいたい本があるんだ」と電話があったからです。何という偶然。驚き、感動しました。そういう意味でもこの本は思い出深いものです。

クライマーズ・ハイ」以外にも横山氏には良い本がたくさんあります。私がオススメする他の本も少し紹介しておきます。
臨場」 警察組織の中で一匹狼を貫く「終身検視官」倉石義男。死者の人生を救えるか…。横山氏の豊富なサツ取材の経験があってこそ書ける本。渋いです。

臨場 (光文社文庫)

臨場 (光文社文庫)

半落ち」 映画化された横山作品。支局採用の記者の功名心や警察との取り引き。世間からは冷たいと思われている司法関係者の思わぬ熱さも表現されています。

半落ち (講談社文庫)

半落ち (講談社文庫)

追記。NHKがクライマーズハイをドラマ化しました。製作者の思い入れや意気込みも伝わる、とても良い作品に仕上がっています。

クライマーズ・ハイ [DVD]

クライマーズ・ハイ [DVD]