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ガ島通信

メディアとジャーナリズムの未来を追いかける

「32歳新人、元プロから栄養士へ」神事真規子さんインタビューvol.1

この記事は藤代が担当する早稲田大学大学院政治学研究科ジャーナリズムコース「ニューズルームJ」の学生が執筆しています。
神事真規子さん(@makikojinji)の協力を得てインタビューを行い(参考:ソーシャルメディアを活用して取材相手の情報を集める)、筆者の伝えたいことと神事さんのエピソード、インターネットで探したデータを組み合わせて6段落で仕上げたものです。タイトルや文章は学生が提出したままの状態です。

  • 記事で伝えたいこと:32歳からでも新たな人生を再スタートできる!
  • ターゲット:30-35歳の人たち
  • タイトル:32歳新人、元プロから栄養士へ

今年3月、ひとりの元女子プロバスケットボール選手が栄養士の道を歩み始めた。「32歳新人」。すでに生き方を簡単に変えられる年齢ではない。バスケットボール女子日本リーグで活躍した神事真規子さん(32)は、栄養士を目指すために30歳で大学へと入学した。「いきなり無一文になって、行ったこともない大学に行き、一回り下の子たちと一緒に机を並べて勉強するというのはすごく覚悟が必要だった」。

神事さんが栄養士を目指したのは、中学生の頃に出会ったバスケ部の栄養士の存在がある。当時の神事さんは、後に知る「牛乳貧血」と呼ばれる特殊な貧血に苦しんでおり、栄養学の知識不足から症状を放置していた。「牛乳は身体に良いはずなのに、なぜ?」。後に栄養士と出会い、相談したところ、症状は治まったという。同じように、彼女も栄養士となり、「子供たちの基礎作り」を行いたい。子供たちが健康なまま、精一杯スポーツを楽しめるようにサポートしたいと意気込む。

バスケ選手から栄養士へのキャリアチェンジは一見華やかに見えるが、決してスムーズなものではなかった。幼い頃からプロバスケ選手を目指していたが、引退する26歳に近づくにつれて、バスケへの熱意に戸惑いを持ち始めていた。「バスケを嫌いになったわけじゃない。ただ、バスケットボールはもう持たなくて良いかなと思った」。彼女は燃え尽き、今まで心のなかで燃えていた熱意が消えゆくのに戸惑いを感じた。同時に、バスケ選手としてではなく、「山本(旧姓)真規子」として見られたいという願望も抱き始めた。

一般的に26歳は引退には早過ぎる。しかし、彼女が栄養士へと一歩近づいた「30歳」というライフステージは、多くの人が今後の生き方について悩む時期でもある。30歳前後であれば仕事もひと通り行える。一方で、この仕事が引退まで本当に熱意を捧げたいことなのかという悩みも強くなってくる。事実、転職支援サービスDODAによれば、30代の転職理由の2位は「他にやりたい仕事がある」であり、同世代の人間に共有される一般的な悩みであることがわかる。

しかし、30歳からの再出発には覚悟も伴う。簡単には後戻りできない。ワークス研究所の調査によれば、25〜29歳で「募集求人の年齢制限を超えていることが多い」を転職の阻害要因として挙げたのが約12パーセントなのに対し、30〜34歳では約30パーセントと、その数は2.5倍に上がっている。新たな挑戦をしても次の道は残されていないかもしれない。しかし、神事さんは覚悟した。そして、30歳で短大に入学し、今年3月に栄養士免許とともに見事卒業を果たす。

現在は、病院栄養士として修行を開始した。高校生の頃に足の角度だけでコーチに怒られたように、病院では患者一人ひとりの献立が違うために細かな配慮が求められる。ブログでは新人ならではの苦労話を紹介するが、「チャンスも試練も全て、そのアイテムを自分のものにするかは自分次第!」と強い志で文章を結ぶことを忘れない。子供たちのために32歳で新人となった神事さんは今日も自分に挑戦し続ける。

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