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ガ島通信

メディアとジャーナリズムの未来を追いかける

「地方紙記者に教育・研修の場を」Journalism11月号に寄稿しました

JCEJ Journalism

朝日新聞社ジャーナリスト学校が発行している「Journalism(ジャーナリズム)2011年11月号」に『地方紙記者に教育・研修の場を』のタイトルで、ジャーナリストキャンプ飯南2011の取り組みについてレポートしました。「ジャーナリスト教育の新視点」の特集のひとつです。
Journalism 11号
「Journalism」にジャーナリスト教育について寄稿するのは、2009年11月号に『記者と学生の127日間 スイッチオンプロジェクトの実験』を、2010年10月号に『ビジネス教育の手法から見えた新たなジャーナリスト教育の方向』に続いて三度目です。
日本ジャーナリスト教育センター(Japan Center of Education for Journalist)の活動やジャーナリストキャンプは、地方紙記者のためのイベントではありませんが、フォーカスを絞ったレポートとなっています。7ページ。参加者の高めたい技能、問題意識の表あり。小見出しは以下です。

  • 「東京視点」に対抗して地方紙記者はネットを学べ
  • メーリングリストを使って取材テーマを設定
  • 2泊3日の訓練合宿 日中は取材、夜は議論
  • 新聞記事とは違う切り口 経済メディアに戸惑う
  • 高い参加者の満足度 準備や運営の改善が課題
  • ネットで評価された地方紙記者の実力

概要は、スイッチオンからJCEJへの変遷。ウェブの技術やビジネスモデルについても学ぶ、JCEJが取り組む起業家的ジャーナリスト(Entrepreneurial Journalist)について。東日本大震災原子力発電所の報道でも指摘されている、地方と東京の視点の違い。さらに踏み込んで地方紙記者の持つ全国紙へのアンビバレントな気持ちについても書き込んでいます。初稿の出来がイマイチで、編集部にアドバイスをもらいながら自身の問題意識も含めて大幅に書き換えました。
地方紙の教育・研修は、朝日新聞のジャーナリスト学校のような専門機関もありません。オンザジョブトレーニング(OJT)が主流で、形式化されているものは少ない状況です。その理由のひとつに、教育・研修の必要性が認められてこなかったというものがあります。
地方では新聞社は有力企業であり、優秀な学生も集まっていたこと。社内での競争原理が働いていたことが上げられるでしょう。記者のスキルは「先輩から盗め」というような職人技とされ、簡潔に伝えること、当局や企業に食い込み、動きを事前に察知していち早く報道する(いわゆる前打ちスクープ)ことが磨かれていきます。
しかしながら、オリンパスの報道でも明らかになったように(参考・オリンパス報道で明確になった日本の大手マスメディアの当局依存)当局に依存した取材と記事には厳しい目が注がれています。ソーシャルメディアの登場により、新聞を通さなくても専門家や研究者の意見を読むことが出来るようになりました。
新聞はジャーナリズムを担うひとつの形態でしかありませんし、紙という媒体もまた同様に、ひとつの形態にすぎません。しかしながら、新聞記者として経験を積むと「この感じだと、この面で(たとえば社会面トップなど)」とアウトプットが想像できるようになります。インタビューしながら「これで書けたな」と思う。それは技術が向上したともいえますが、楽をすることにもつながります。紙面に入る以外の細かな部分の取材をしなくてもいい。新聞は紙面の字数も少なくなっており、短く新聞的な記事に慣れていると、いつしか新聞記事以外のスタイルが書けなくなってしまうのです。
個人的には、あまり文章が得意でなかったこともあり(入社試験の論文は最低点だったそうだ)、駆け出しのころから色々な手法に取り組んできました。支局に出ても必ず連載を書くように決めたり、若者向け紙面の際にはファッション誌やスポーツ誌を参考にし、「Numberみたいな書き方で」やってみたこともあります。新聞社を辞めても、「もっとうまくなりたい」「もっと学びたい」という気持ちでJCEJの活動にも取り組んでいます。各種の勉強会やシンポジウムに出席すれば刺激を受けています。
ウェブ業界では勉強会は星の数ほど開かれ、新たな技術が出ればお互いに学び合います。最近では社会人大学院に通う友人も増えてきました。一方で地方紙の記者が学ぶ場所はあまりありません。それは、単に地方というハンディだけでなく意識の違いもあります。学ぶことが否定的にとらえられ「現場に出ろ」という声にかき消されてきました。新聞社時代の研修で「記者になりたいやつは何人もいるから、本当はやらなくていいんだ」と幹部が先生に発言していて驚いたこともありました。
いま新聞はかつてほど希望者が多い仕事ではなくなり、記者は情報発信者として多くの人たちと競争しています。検索エンジンやソーシャルメディアを活用した調査や取材など、技術やマーケティングへの理解など、これまでにない知識も必要となってきています。何より、地元に配られる紙面で書くことと、地元から他の地域に向けて書くことは、読者も違うし、書き方も異なるのです。
ジャーナリストキャンプ飯南は、ネット時代になり危機感を持った地方紙記者たちの存在抜きには成立しませんでした。
記者たちがときに苦しみ、そして生き生きと、取材をして原稿を書いてくれました。JBpressは経済メディアなので、読者向けに切り口を合わせるのに苦労しました。それでもベテランの記者は「記事は10聞いて1書けって言われているけど、4ぐらい書けるのって嬉しいね」と目を輝かせていました。神は細部に宿るのです。普段から細かなところを聞いてノートに記しているのでしょう。苦しんだ若手もいました。普段よりも長い原稿を書くためには材料を集めるのが大変です。新聞のアウトプットに慣れていると長距離走のように感じたかもしれません。地方開催は始めての試みでしたが、参加者も開催者も多くの学びがありました。
来年以降の開催については、JCEJ運営委員で話し合っているところですが、「ぜひうちでやりたい」という人がいればお声かけください。組織の支援があるにこしたことはありませんが、スキルは個人のもので、決して会社や組合から与えられたり、強制されたりするものではありません。「もっと上手くなりたい」「学びたい」という気持ちを持った人と一緒に取り組みたいと思います。
知識的な仕事、表現にはゴールはありません。何度も言いますが、キャンプは地方紙記者のためだけにありません。地方紙出身としてこの取り組みには強い思いがありますが、アメリカのように地方の大学と地方紙、そしてJCEJのような団体が組んだジャーナリスト教育があってもいいでしょう。タウン誌やNPOが主体となることもあるでしょう。地方メディアに携わる人が腕を競い合う場として新しい枠組みを作って行きたいと思います。
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