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ガ島通信

メディアとジャーナリズムの未来を追いかける

ソーシャルメディア時代に求められるリテラシーとは

media literacy

学習院大学法学部政治学科の講義「メディアリテラシー 情報を読み解く力をつける-」は前期の日程を終え、期末試験を行いました。
記述式、持ち込み自由です。296人の履修者のうち、テストを受講したのは253人でした。巡回をしているとレポートサイトから各回のレジュメをダウンロードしてきていたり、関連本を持ち込んだり、している学生もいましたが、回答する為には問題意識が必要で、授業にしっかり取り組めていない学生は苦戦していました。問題は
1)ソーシャルメディア時代に求められる「メディアリテラシー」とはどのようなものか
2)それはどのようにすれば学ぶ事が出来るのか、具体的な教育プログラムを示せ
の2問。いずれも簡潔に記述し、それぞれの回答に「」でタイトルを付ける事としました。タイトルをつけるのは端的に自分が言いたいことを伝える訓練でもあります。回答の傾向や興味深いものをピックアップして紹介します。
1)では、リスク、慎重に、冷静にといったキーワードが多く見られました。そんな中「楽しもう」「世界を見よう」「好奇心を持とう」といったキーワードを出してくれた学生もいました。怖がるだけがリテラシーではないと思います。
情報を取捨選択する、管理する判断力を持つ、といったよく見る言葉を「ネット上にも礼儀あり」とタイトルで表現すると目を引きます。また、自分を確立する、自分を持つというものもありました。

  • 「探究心、冒険心」何が怒るか分からない危険なジャングルというメディア社会に自分が埋もれないように周りに存在する生き物(情報)を生かしながら冒険し、生き延びて行く能力
  • 「見られる時代、覗かれる時代」見られる可能性が高まっただけでなく覗かれるという危険に対する認識を持つ。
  • 「そのままではいけない」情報を丸呑み、丸投げしない。関わりを持ったことに責任を持ち、見届けることが必要。
  • 「先を読む力」話し方や表現、体の動きが見えないため、コミュニケーションが難しい。相手がどんな性格か、何を考えているか予測しなければならない。

2)では、小学校や中学校から学校単位でSNSを作らせる、グループで新聞や雑誌を読んで議論する、免許の導入や義務教育にするという回答が多くありました。議論から情報の選択力や編集力を学ぶ事ができるというのは、その通りですが具体的な教育プログラムを書き切れていない中、疑似炎上プログラムを提案した回答もありました。
少し違った角度でプログラムとは言えないと思いますが「たくさんの経験をして何かのオタクになること」という提案もあり、観察をして、よく考える。深く知りたいと思うとどうやったらもっと知ることが出来るかを学びのではないか、との意見はなるほどと思いました。なお、より具体的なプログラムを考えた学生には高く配点しました。

  • 「断定された語句を抜き出し検証する」断定しているがそれはゼロなのか、100なのかを疑問に思わせることが必要。
  • 「私の考える教育指導要領」小学校ではパソコンに慣れる、中学でSNSの基礎、高校ではウェブページづくりと文化祭の宣伝を連動(各学年ごとにプログラムを記述)
  • 「誰が書いたでしょうゲーム」見られている意識を育てるために、無記名で書いた文章を当てるゲーム
  • 「日常生活に組み込んで考える」ひとりはデータを見ているが頼りない言い方、ひとりは専門書を持っているがいい加減な情報、情報の出所を確認するか、しないかで失敗するが決まる
  • 「新たな情報コントロール教育」3つの情報があり2つが間違っている、それを見つけ出し根拠を示すという宿題を出す。

ここに揚げた以外にも良い回答がたくさんありました。
学生からは講義最終日のフィードバックシートやツイッターで「自分がメディアとどう向き合うのか考えるきっかけをもらえた」「新しいスタイル、生徒参加型の授業が新鮮でした」「大学に通う意義の一つとして、他の人の考え方を学び、多面的に見れるようになった」「後期取れないのが残念(履修者の数をしぼるため制限したため)」などのコメントをもらい、とても嬉しかったです。学生の皆さんの協力があってこそ、そして自分も学ぶ事が多くありました。半年間ありがとうございました。
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