ガ島通信

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『人間は歴史から何ものをも学ばないことを、歴史から学ぶ』日本軍「戦略なき組織」失敗の本質

2010年12月21日のツイートを再編集、参考に執筆しています。
久しぶりに空港の書店で「Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2011月1月号」を買いました。戦艦大和のイラストとタイトルの『日本軍「戦略なき組織」検証失敗の本質』が目についたからです。
Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2011年 01月号 [雑誌]
『人間は歴史から何者をも学ばないことを歴史から学ぶ』というのは、元防衛大学教授の杉之尾宜生による、ノモンハン事件「失敗の教訓」情報敗戦:本当に「欧州ノ天地ハ複雑怪奇」だったのか、の締めくくりに書かれている言葉です。
戦史からマーケティングやリーダーシップ、組織のあり方を学ぶのはHBRに限らず、ビジネス誌に良くあるパターンですが(戦国武将から見る部下掌握術といったもの)成功事例には自分を投影し、失敗事例は他人事や物語として消費してしまうといったことがあるのではないでしょうか。自分事として考えを深め、行動の参考にするために使うことを前提に読むと、答えが簡単に出るものではなく、そのタイミングにおいての判断の正否も難しいものです。
ノモンハン以外の特集の論文は5本

です。
山口多聞司令官に関する論文は少しifと英雄視が過ぎる気もしますが、状況が刻々と変わる戦場、かつ大敗の中で一矢報いたという状況、大局観とリーダーシップは参考になるのですが、何よりこの論文が興味深いのは山口司令官の戦いを英雄的なものでなく、歴史的な敗戦局面でしか最大の効果を上げることが出来なかった悲劇としての側面から書いていることです。
山内教授は『山口が命であがなった悲劇の教訓を真摯に学ぶのは、現代に生きる日本人に残された課題』(表現が大げさな気がするが…)としています。教訓の一つに年功序列とハンモックナンバーという帝国海軍の人事制度があります。順序を待っていれば戦争は終わっていたという計算もあるようで、山口司令官がリーダーシップを発揮できるのは、主力空母の「赤城」「加賀」「蒼龍」が戦闘不能になった状況で、指揮を引き継ぐ序列を飛び越え「我レ今ヨリ航空戦ノ指揮ヲ執ル」(航空戦としているところで配慮しているとの説もあるようだ)と宣言してから。会戦での大敗が濃厚になってからでなければ指揮する事はできなかったことこそ悲劇でしょう。
それに、山口司令官は艦長とともに海に沈んだことを美しい、武士道だ、と評価する声もありますが、貴重なリーダーを失ったと考える事も出来る訳で。論文でも責任を取らず栄転していった他のダメ軍人と比較されているのですが、ダメ軍人が生き残り、責任感ある人が死を選ぶという構造も大きな問題ではないでしょうか。
例えば、既存のマスメディアも一部のオーナー企業を除いて年功序列が強いですが、そうなるとネットをよくわかっている世代が経営判断をする頃にはビジネスの勝負所が「終わってる」というパターンがあり得そうですし、これは既存マスメディアに限らず、該当する組織がありそうです。
なぜ上司とは、かくも理不尽なものなのか」などの著書がある菊澤教授による大和出撃の意思決定プロセス分析もユニークでした。
取引コスト理論を使って特攻作戦を分析、大和を温存したまま戦いに敗れた場合という想定をし、卑怯者と言われる心理的負担や特攻が繰り広げられる中で温存できない状況、戦利品として見せ物にされる可能性などから、特攻が合理的と判断したのではないかとしています。このような、後から考えれば、もしくは他の組織から見れば、どう考えても非合理なことが、組織内で合理的であるというのも良くある話です。組織の外や消費者とは無関係な仕組みや慣習、改めようと思っても大変な事が分かっているので誰も改めない、ということがあるなら大和特攻と構造的には同様で笑うことは出来ないでしょう。
個人的に一番良かったのは航空産業の崩壊です。
失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)
技術的に未熟なのにもかかわらず産業の育成を怠り、経済性を無視して多数の機種と改良を重ね、陸海で規格の統一もされておらず、エンジンなども多数あったため生産効率が悪かったが、アメリカは機種を絞りこみ大量生産したという話は、なんだか携帯とかパソコン、車も同じ方向のような気もします。
未成熟な生産現場にもかかわらずベテラン工員を徴兵。さらに資源が枯渇して品質が低下、材料不足のために代表品を使い、さらに部品種類が増えて、生産効率も低下というスパイラルが起きたと。戦争開始時には試験飛行があったのに、終戦近くになると工場から引き渡し地点に飛ぶのがテストになったそうで…
そもそもブログの名前「ガ島通信」というのはガダルカナル島のことです。ブログをスタートしたのは新聞社に在籍していた2004年でしたが、紙=戦艦巨砲主義、ネット=航空線と考え、パラダイムシフトに対応することなく敗戦に進む中で現場は苦労するという意味を込めて名付けただけに(ガ島という現場はどのような組織、業界にもあり、既存マスメディアのみではないので名前はそのままにしています)、第二次世界大戦の失敗、そして日本の航空戦への対応については非常に興味があったので、今号はとても参考になりました。
タイトルに使われている「失敗の本質―日本軍の組織論的研究」を読んでいない方は、ぜひそちらから。ノモンハンについても多数の書籍が出ていますが、半藤一利の「ノモンハンの夏」は目を通しておいても良いでしょう。