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ガ島通信

メディアとジャーナリズムの未来を追いかける

新聞は読まない、いらない、記者はくず、という人にも新聞のことを説明する理由

Twitter

2010年11月24-25日のツイートを再編集、参考に執筆しています。私の視点でまとめてありますので詳細は各関係者のツイートをご覧ください。

きっかけは、記者クラブ加盟某新聞社の記者だという(@kishapoppo033)のツイート『「最近、大学の先生と話す機会が多いのだが「もはや新聞読めとか言えないよ。学生に読める知識がない。読む前に朝日だから左翼、産経だから愛国とか言って、内容を理解しないで批判する学生が多い」という趣旨のことをよく聞く。いろんな意味で本当に心配だ』でした。その後のツイートを抜粋すると…

  • @kishapoppo033 じゃ、ネットで読んでください(笑) RT @napo_san 新聞はもはや中高年・老人向けメディアだけどね。若者に読んでもらえるように変わるべきは新聞
  • もっと新聞を知って、読んでもらう努力をするという話に何故ならないんだろう RT @kishapoppo033: 最近、大学の先生と話す機会が多いのだが
  • 笑い事じゃないだろ、これ RT @kishapoppo033:「新聞は読まない」っていう読者様も顧客ですかね(笑) RT @aomidoro2 そうだよ。だから(笑)って表現を使っているということが、新聞社の社員が購読者を顧客として見ていないことの証明です
  • RT @assamtea: 新聞は読まねばいけないもの、から徐々に外れつつあるんだろう。読みたい人は読めばいいけど、読まねばいけないものでは無くなりつつある。そうなったならば新聞側から見て未熟に見える読まぬ人々を批判しても、もう時代が戻ることはないのだな
  • 食べてもらうのにどの企業も苦労している。新聞のズレがひどすぎ RT @kishapoppo033: はあ、そうですねえ。商品を食べてないのに「新聞は読まない」っていう読者様も顧客ですかね(笑)お前んところのは不味い」っていう人も見込み客でしょうけどね。それってどうなんですかね
  • 「新聞読むべき」「読んでな-いやつはおかしい」という発言をしている新聞記者がいることに驚く。多くの企業は商品やサービスを知ってもらい、試してもらうために、すごい努力をしているのに。これまで良すぎると思考停止しちゃうんだなあ。
  • 世のサービスや商品は使われずに批判されたり、酷評されてるものもたくさんあります。新聞だけは違うとでも? RT @ke_mushi: ぽっぽさんが言ってるのは「読まずに批判だけするのがおかしい」っていう話であって、読まないのがおかしいとは言ってないと思うんですが
  • 新聞をもっと理解して、読んでもらいたいなら、相手がどうであろうと、ああいうコミュニケーションをしてはいけない RT @ke_mushi: ぽっぽさんは今までのツイートで読んでほしいと言っています。明らかな悪意を向けてくる人に対しての発言をつかまえての批判は筋違いと思います
  • RT @moyashidog: 口が滑った。。。ということなのかもしれないが、ここはオープンなWEBという世界。少なからず責任を持った発言をするのが最低限のマナーというか常識だと思うのだが。業界代表とまでは行かないまでも、ぽろっと本音が出ちゃうところも怖いなあ、ツイッター。
  • @akio999 こういう類の記者様が絶滅していたら、新聞はすでに変わってますよ。減ってきたとは思うけど、難しい RT @moyashidog: まだいるのかそんな新聞記者...orz
  • RT @hopetrue: では、誰が説明していくの?誰が変え、振り向かせるの?誤解や悪意がデフォルトである地点に、新聞が存在してしまっている時に。自問もしつつ。 @kishapoppo033: 新聞は読まない、いらない、記者はくず…という人にまで僕が説明しなくちゃいけない理由知りたい

この記者クラブ加盟某新聞社さん(まあ、このプロフィールからして突っ込みどころがあるわけですが…記者クラブが批判されているのに、わざわざ書くとか)の発言趣旨を私なりにまとめてみると、1)新聞を批判するなら読んでから、2)読まない人や批判する人は顧客ではない、3)読まずに批判している人に説明する必要はない、というところでしょう。若者に呼んでもらえるように変わるべきと言われれば「ネットで読んでください(笑)」、新聞社の社員が購読者を顧客として見ていないとの指摘に「新聞は読まないっていう読者様も顧客ですかね(笑)」と回答しています。
ここにあるのは、新聞は読まれるべきとう前提のようです。確かに新聞はこれまで、当たり前のように家庭や職場にあり、読むのが当たり前であったかもしれませんが、@assamteaさんが指摘しているように、新聞は読まれなくなってきています(データでもそうなっているし、そもそも以前から配られていたが、記事が読まれていたかどうかは別。ラテ欄中心で記事は少ししか読まれていないことも調査で明らかになっている)。
自分の関わっているサービスや商品について、本当に大事で、使ってもらいたいと心から思っているにもかかわらず、悪口を言ったり、利用しなかったりする、人がいた場合、どうにかして説明していく必要がありますし、新聞も例外ではありません。
多くの企業や団体が作ったり、提供したりしているサービスや商品は、消費者や生活者に知られておらず、場合によっては発売前からイメージやレッテルを張られてしまうことすらあります。その中で、何とかサービスや商品に触れてもらい、良さを体験してもらおうと、さまざまな工夫や努力を重ねているのです。自分の都合の悪い意見があったら、耳をふさぎ、シニカルに回答する。そんなことで理解してもらえるわけがありません。
新聞の価値が世の中で小さくなっている時代に、読まない人を批判し、説明を放棄することは、さらなる読者離れを起こすでしょう。もっと言えば、このようなコミュニケーションを見るたびに、ネット時代になり新聞から読者が離れたのではなく、新聞が読者から離れたと思わずにはいられません。
それに、記者とは言葉や映像を使い、伝える仕事です。だからこそ言葉を大切にしてほしいですし、伝えようという姿勢が大事なのではないでしょうか。もちろん、どんなに誠心誠意話しても聞いてくれない人もいます。でも、必ずその態度を見ている人がいて、その人には伝わっています。それが他の人にも広がるのがソーシャルメディアの良いところなのに…残念でなりません。