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ガ島通信

メディアとジャーナリズムの未来を追いかける

ジャーナリストキャンプ2010報告会@北海道大学

スイッチオンPJ CoSTEP

ゴールデンウィークに行われた「ジャーナリストキャンプ2010 -伝えるためのスキルを学ぶ-」に参加した北海道大学CoSTEPの修了生らが、20日にCoSTEPの協力を得て報告会を開催しました。

日曜日にも関わらず、CoSTEPの仲間ら20人が集まりました。キャンプ参加者の報告を紹介します。
<プログラム>

  • 「『ジャーナリストキャンプ2010』体験記 メディアと読者をめぐる諸問題」沢田石誠(CoSTEP5期生)
  • 「ジャーナリストキャンプで得たもの」佐藤道子(CoSTEP4期生)
  • 「『はやぶさ』を切り取ってみる〜コミュニケーターの視点〜」田中徹(CoSTEP3期生・選科B講師)
  • コメント「ジャーナリストキャンプへの想い」藤代裕之
  • 質疑応答

沢田石さんからは、キャンプの内容と狙い、自分の枠から出ることの大切さが話されました。

キャンプでは参加者が9つのグループに分かれた。自分は河北新報、京都新聞、日経BPの記者と同じ班。合宿のルールは「なぜ?を大事に、話を聞く、楽しむ」。
事前に「ニコニコ動画の広報担当者として新聞に取り上げてもらうための書類をつくる」という課題が出て、それをベースにワークショップが行われた。広報担当者と記者に分かれてロールプレイすると、社会部記者は早くこの場から立ち去りたい、広報を追い返したいと思い。広報は何とか取り上げてほしい。いかに食い下がるか、となる。このロールプレイの狙いは、まずニコニコ動画を知っていないと説明が出来ないので、事前課題に真剣に向き合ったかが問われる。誰に向かって書くのか、読者とネットの関係、どういう記事にするかを必然的に考えることになる。
次に、聖路加国際病院の山内さん、ドワンゴの川上会長というゲストの話を聞き、新聞の特集記事を企画を立案した。中間発表が22時30分。議論は朝4時まで続いた。企画タイトルは「世論はどこだ、ネット選挙解禁前に」で全5回+番外編1回、各100行。2日目の午前中に各グループで発表、ワールドカフェ、それを元にもう一度企画をまとめなおした。
参加して考えたのは、自分のいる場所=全世界という発想から抜け出さないといけない、ということ。罠にはまらないためには、システムという枠の外に出てみる。相対化する視点を持つ、危機感を持つ、言葉がどこまで届くかを常に意識する。言葉を発信することは意識せずともジャーナリスティックな性質を必然的に持つ。言葉とターゲットを常に意識するようになった。

音楽雑誌の編集に関わっている佐藤さんは「遅れて劇的な気付きがやってきた」とキャンプが影響。

私たちの班の企画は「上から目線ではないか」「いまさらの企画」と厳しく言われた。本質に迫れず、新聞記事のお決まりのフレームにはまってしまった。新聞のフレームの強固さにも驚いた。雑誌はもっと自由にテーマを設定できる。ゲストの質疑応答では、藤代さんから「媒体側の気持ちになっている。この2人からニュースを見つけて、うまい企画書を書く条件を揃えようとしている。あなたたちの考えているニュースを読者に押し付けないでほしい」と指摘され、この言葉が取材活動を振り返るきっかけになった。
キャンプ以前に、編集に加わっている音楽雑誌でアマチュアオーケストラの取材に行った。定期演奏会を控えていたが、演奏は微妙だった。そんな状況を正直に書くわけにもいかず、どんな切り口で書けばいいのか悩み、事務局長から聞いたよさげな話題、小学生とのジョイントコンサートや福祉施設の訪問、市民との交流を図っているというのをテーマにすればいいんじゃないかと思い、書いてしまった。これは企画ありきだった。
キャンプを終えて、あんな取材では書くのに値しないということに気づいたのは3週間後。劇的な気づきが訪れた。演奏会で練習のとき出来ていなかったサンサーンスの曲がすごく生き生きとしていた。客席からはブラボーの声と拍手があった。演奏会の時に泣いていた団員がいたというのを事務局長から聞いた。率いた若手プロ指揮者に団員がついて行った。そういうアマオケの本質を取材の段階で感じ取らなければならなかったのに、書けなかった。
キャンプでは、書くこと、伝えることが難しいということを改めて気づかされた。

田中さんからは宇宙から帰還したはやぶさをネタに物語が重要という指摘がありました。

はやぶさの話を聞いたときに最初はたいした興味がわかなかったが、日本技術者の変態力というニコニコ動画を見て大変興味を持った。宇宙戦艦ヤマトの登場人物が出ているのも面白いが、次々と降りかかる困難を乗り越えて行くというのは男性にとって魅力的な物語。映画のアポロ13のようだった。
はやぶさが帰還したら、事業仕分けが軌道修正、追い風となったが、廃止となったJAXAi(丸の内にある情報展示場)に物語はあったか、存続させるロジックはあったか。
文章を作るときに、3つの無関係なお題を組み合わせて、ストーリーをつくるというものがある。例えば、北大、ICレコーダー、芝刈り機をつかう。そういう訓練をジャーナリストキャンプでは意図していたのではないか。また、沢田石さんが指摘していた、枠の外に出るというのも大切。一つの企業や業界にいると、その思考から出るのが難しくなっていく。

<質疑>
質問「どうやってシステムの枠を超えていくのか」、沢田石さん「自分は本屋でまったく自分が興味がないジャンルの本棚に行くというのをやっている。日常のささやかなところから変える」
質問「新聞の人と班を組んでいたが企画が酷評されたのはなぜ」、田中さん「おじさん世代的には対立軸を作りたがる。ネットもリアルも関係しあっているが、どうしても対立軸に引っ張られた」、沢田石さん「デスクに認めてもらえやすそうな話に入ってしまったのではないか」、藤代「川上会長の話から、記者側が伝えたい部分を抽出して、企画にしたのもまずかった。もっと突っ込んでほしかった」

CoSTEPの石村先生から「枠とかフレームについて。OJTを超える教育の方法論としてフレームワークが必要という問題意識が藤代さんからあったが、フレームはともすれば旧来の紙面づくり、組織のロジックを温存して継承されるという矛盾する事態も起きる可能性がある。また、短期間の合宿プログラムで非日常的ないい経験をして、組織や地域に戻ったときに、そのシステムの引力が強くて、現実的には無理だよねという話をする。戻った後にどうするのかという仕掛けを組み込みたい」とコメントをいただきました。
札幌での報告会は、佐藤さんや沢田石さんがキャンプに参加した際にお願いしていたことでした。理由の一つは、報告会で体験を振り返ることで頭を一度整理して、学びを確認してもらうこと。もう一つは、石村さんも指摘されている、非日常体験を普段の活動に反映させていくか。「確かにみんないいこと言ってたけど現実は違う」となるのは企業研修でもあることですが、報告会をすることで、問題意識を持った人とつながり、継続の可能性が高まるのではないかと考えたからです。報告会には、選科Bだけでなく、本科の修了生も顔を出してくれて、新たなつながりもでき、交流会も盛り上がりました。
コメントでも繰り返し話したのですが、スイッチオンPJやジャーナリストキャンプは、CoSTEPでの取り組みがなければ生まれませんでした。教員や受講生、記者仲間に支えられて、プログラムもつくり、アイデアが生まれていきました。2008年度の選科Bの成果発表のタイトルは「文章で科学技術の種をまこう」でしたが、この報告会も種まきのようなもの。新しい芽が出て、花が咲くことを願っています。
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