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ガ島通信

メディアとジャーナリズムの未来を追いかける

もしあなたが新聞記者なら医療事件をどう報道するか、上智大学の講義から

先日、上智大学の橋場義之先生に招かれ「ジャーナリズムの現在」という講義を担当させてもらう機会がありました。一方的に話すのではなくインタラクティブにやれないかと考え(少人数ならワークショップ形式を取る事もあります)、福島県立大野病院事件と大淀町立大淀病院事件の二つを紹介して、もし講義を受けているみなさんが新聞記者の立場ならどう報道するか、どのような課題があると考えるかをリアクションペーパーに書いてくださいとお願いしました。

講義では、二つの事件の経緯やインターネット上の議論、医師や学会の反応、新聞と医療系専門ニュースサイトの論調の違い、などを紹介。医療事件を報道するに当たっては、患者、医師、それぞれに難しい立場があることも説明しました(ここでは事件を詳しく説明しませんので、ご存知でない方はWikipediaや関係するホームページを検索してください)。
送られてきたリアクションペーパーは80枚。どれもぎっしり書き込まれており、目を通すのに時間がかかったのですが、気になった意見を紹介します。報道する難しさを自分なりに考えてもらうことを目的としており、リアクションは短く抜書きしています。

  • 起きた事件に関してネットに書き込む人も記事を書く記者も第三者で、どれだけ当事者意識を持って向き合えるか。記者は当事者意識と正義感を持って記事を書いているので、安易なマスコミ批判はできない。
  • ジャーナリストの本質がスクープだとしたら、苦しいことだが、さまざまな人々にバッシングされ、業界を滅ぼしてしまう存在でなければならない。どちらの事件でも記者の姿勢は基本的に間違っていない。
  • 人は心痛む情緒的な記事を求めている。自分がそのような状況におかれたら、大衆に受け入れられるような記事を納得できないながらも書いてしまうだろう。
  • 私は女性なので、医師より母親に近い立場なので医療ミスを批判する記事を書いてしまったかもしれない。正義が何かわかりませんが、目の前に困っている人がいたら助けたいと思い、その先のことを想像する力が自分にはない気がする。
  • 医師に医療ミスを認めさせるような取材の仕方、裁判の直前に被害者の遺族のコメントを乗せるなどは。新聞報道が意見を国民に押し付けているように感じる。
  • 新聞側の取材が、対立軸を作り出している。医療側への取材が被害者の視点だけでなく、医療崩壊などの視点もあれば医療関係者からの批判も軽減されたのではないか。
  • 弱者の側に立つのが記者。しかし、弱者が誰か決めるのは記者。何を根拠にそれを決めるのか、感情に流されず、冷静に判断する力が必要。
  • マスメディアは事実伝達だけをしていればいいと思う。何らかの主張をするから反発がある。報道の影響力、人を動かそうという意図が見える。
  • マスメディアはすべての分野においてスペシャリストでないはずだが、不思議なことに何事もわかっているという態度で報道してしまう。医療という知識を必要とする分野で、謙虚な態度でなかったことが問題になった。
  • テレビなどでは、助かるはずのなかった人が奇跡の復活という特集をやっておりマイナス面は出てこない。人々が医師を過剰に信頼する、命を救うのが当たり前という状況も関係があるのではないか。
  • ジャーナリストの知識不足という問題もあるが、読者の読み方にも問題があるのでは。読者は自分の意見や態度を保障してくれる記事を選んでしまうのでは。
  • ジャーナリストの仕事は弱者の立場に立って悪を滅ぼすのではなく、物事の本質を見つめ伝えること。しかし本質というものは答えが無く、これだと見つけられるものではない。だからこそ、ジャーナリストは少しでもそれに近づくために知識を持ち、中立でなくてはならない。どのような問題が根底にあるか考え、それを問題提起したい。

また「報道に対して読者に求められる姿勢とは?」という質問も頂きましたので、リアクションペーパーの中から回答します。

  • 一方向からの情報を鵜呑みにせず、自分の意見を決める。自分がジャーナリストという条件がなくても、今は世界に向けて情報を発信出来る時代だから自分の問題として考えていきたい。

ここに紹介出来ませんでしたがいい意見がたくさんありました。熱心に書いて頂きありがとうございました。