ガ島通信

メディアとジャーナリズムの未来を追いかける

ようこそジャーナリストの世界へ

北海道大学科学技術コミュニケーター養成ユニット(CoSTEP)の修了式があり、選科B(サイエンス・ライティング)の受講生も立派に巣立っていきました。このようなチャンスを与えてくれた、CoSTEPのスタッフの皆さん、一緒に授業に取り組んだ、難波美帆(現・日本医療政策機構)、渡辺保史の両教員と北海道新聞の田中徹記者、そして多くのことを教えてくれた受講生に心より感謝しています。

修了式と同時に開かれたシンポジウムでは、ゲストに来ていた文部科学省の方から、ライティングの授業について評価するコメントを頂きました。
非常勤とは言え、教育現場に関わることは大きな責任が伴います。大学で通年教えるのは初めてで(教員免許は持っているとはいえ…)、それも、これまで前例が存在しなかったライティングをスキルとして教えながら、同時に構造化・体系化していくという試みだけに、講義が始まる前には二度のワークショップ(参考・講義の目標や内容を話し合う「合宿」を行いました)を行い準備をしました。が、最初はチームティーチングがなじまずバラバラ。授業後の反省会で議論して少しずつ歯車が回り始める。そんな一年を振り返って、コメントは嬉しいというより、ホッとしたというのが正直なところです。

選科Bの特徴は「厳しく」「熱い」(受講生がプレゼントしてくれた色紙にもそんな言葉が多かったです)もので「カンベンしてほしいな」と思った人もいたかもしれません。
ただ、実践的な教育を行い、社会で通用する人材を育てるためには、厳しいものでなければなりません。ほとんどの場合「こんなものダメだ」などとは言ってくれたりはせず、文章であれば単に読まれず、ライターであれば次の仕事が来ないだけ。失敗しながら学べるのが大学の良いところです。
非常勤で研究室でのフォローも出来ないため、講義が90分×7回では足りないと考え、希望者を対象にライティング合宿を行いました。合宿では、相互にレビューを行い、何が記事のポイントか、誰に向けて書いているのか、読者に新たな驚きや発見があるか、展開に無理がないか、を確認。記事のレベルも底上げされ、受講生が互いに刺激し合って大いに成長する場にもなりました(温泉で飲み会と思ってやってきた人が、真面目にやっていることに驚いてました)。
一生懸命、真面目に、正面から取り組むというのも大切にしました。スキルとしてある一定レベルを超えていることはもちろん重要ですが、表面をなぞるきれいな文章だけでは伝わらないこともあります。逆に、シニカルに、批判的に書けばいいという誤解もあります。心の底からワクワク(悲しんだり、怒ったり)し、その上で論理的に文章を組み立てて、読者にそのワクワクを伝えなければなりません。
もうひとつの大きな特徴は、優秀作品をgooニュースに掲載したことです。表現する厳しさを知るためにも、受講生のモチベーション向上のためにも、スキルを学ぶ場が表現の場と結びついていることが、実践的なプログラムを提供する際には重要だと考えたからです。
gooニュースに掲載するということは、新聞社や雑誌社の記事と並んで、ニュースチームのスタッフ、そして読者から評価を受けるということです。スキル教育なら、作品を作れるようになればいい、という意見もあるかもしれませんが、平場で他の作品と競い合わなければ、通用するかどうかの実感も沸きません。
選ばれた受講生は、講義で提出した原稿からさらに5から15回の加筆修正を行いようやく掲載されました。ただ、これは猛特訓をして無理やりプロ野球の試合に一打席だけ立ったようなものです。

修了後には、誰かがその打席を特別に用意してくれたりはしません。一打席でなく、140試合コンスタントに、この先何年も、スターやベテラン選手と勝負することが求められます。次々と新人も登場します。表現者、ジャーナリストとして与えられたオーダーに答え、コミュニケーターとして人と人、組織や情報をつなぎ、満足してもらわなければなりません。普通にやって当たり前なのです。

パリ・ダカールラリーという有名なイベントの創始者ティエリー・サビーヌが語ったという有名な言葉があります。
「私にできるのは、“冒険の扉”を示すこと。扉の向こうには、危険が待っている。扉を開くのは君だ。望むなら連れて行こう」
新米非常勤教員として試行錯誤しながら、なんとか、ジャーナリスト、コミュニケーターとしての扉の前までは案内できたのではないかと思います。一歩踏み出すかは修了した皆さんにかかっています。そこから先は自分との闘いです。
もし踏み出した修了生がいるなら、今度会うときは、教員と元受講生という関係ではなく、同じ世界の仲間でありライバルです。そして出来ることなら、共に、学び、高め合える存在になれるなら、そんな幸せなことはありません。
受講生の皆さん修了おめでとう!そしてジャーナリストの世界へようこそ。