ガ島通信

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見事に空気を読んだ本「資本主義はなぜ自壊したのか」中谷厳

資本主義はなぜ自壊したのか 「日本」再生への提言
「懺悔の書」「改革派の転向」。さまざまな話題を呼んでいる中谷巌氏の『資本主義はなぜ自壊したのか 「日本」再生への提言』。新自由主義が注目されれば構造改革の旗を振り、貧困や格差が問題になれば、昔が良かったと憂いて見せる、見事に社会の空気を読んだ風見鶏ぶりに、飽きれると言うより、感心すらしてしまいます。
ハーバード留学時代の思い出、率直な反省は興味を持って進みましたが、ブータンやキューバ礼賛あたりでずっこけはじめ(田舎にやってきた都会の人が、「こんなすばらしいところがあったのですね」と言いながら住むことはない、という旅の思い出レベル)、途中からは世界の宗教や神話をつぎはぎしてトンデモ本の様相に。
日本の安心・安全、高信頼社会や社会資本の話も出てきますが、「日本の「安心」はなぜ、消えたのか―社会心理学から見た現代日本の問題点」を参考文献に挙げているにもかかわらず、日本は高信頼社会で中国はダメとか、自分の主張に都合よく引用しています(参考・「日本人はそもそも他人を信用しない」山岸俊男さんの講演を聞いた

読んでいて一番気になったのは「なぜこの人は、少し考えれば分かることに気づかず、極端にかぶれてしまうのか」ということ。どのようなシステムや理論も完璧と言うわけでなく、良いところもあれば課題もあります。さらに人は複雑な生き物です。研究者なら「これで本当に大丈夫か」という疑いの目を常にどこかに持ちながら思考していくはず。この本の中で、アメリカ万歳、ブータンに驚き、北欧だ、日本がすばらしいと正解を求めて次々と変遷していく中谷氏の姿は、研究者としての芯のなさ、ビジョンのなさを浮かび上がらせます。
もし中谷氏が空気を読んだのではなく、本気でこの本を書いているとすれば… 細川政権、小渕政権で改革を牽引し、三菱UFJリサーチ&コンサルティングの理事長を務め、多摩大学で次世代リーダーを育成している人物が、このように薄っぺらいことこそが、最も深刻な現代ニッポンの社会問題ではないでしょうか。