ガ島通信

メディアとジャーナリズムの未来を追いかける

旅行代理店のビジネスモデルとイノベーションのジレンマ

 先日、大手旅行代理店の方の話を聞く機会がありました。旅行代理店が直面しているビジネスモデルの変化に対応するため、さまざまな取り組みを行っている中で「エコツアー」にも力を入れているという内容でした。話は理路整然としていて、参考になることも多かったのですが、どこか釈然としないものがありました。慰安旅行などで儲かった温泉旅館を古いビジネスモデルとして変革を求めたり、地域を活性化するために努力していたりするのは良いのですが、話をしている旅行代理店そのものが、変化に対応できていない、そんな気がしたのです。

  • 旅行意識の変化とエコツアー(講演の主な内容)

日本人の旅行は、かつては職場の慰安旅行や地域の懇親旅行などの大規模なツアーやパッケージ旅行が多かったが、個人や小グループによる旅行が増えている。旅行代理店は、フル装備の温泉旅館にお客を詰め込んで、館内のカラオケやスナックで楽しませて、お土産も買ってもらう。そのたびに手数料がバックされていた。手間もかからずおいしい商売だった。一部の温泉観光地はいまだにかつての影響が忘れられずにいる。意識の変革が必要だ。大量仕入れ、大量販売ではなく、地域と観光が一体化した周遊型から滞在型観光になってきている。代表的な事例は、湯布院、黒川、銀山などの温泉で、非常に人気がある。

また、旅行先も多様化しているし、人の行かないところに行きたい人も増えている。自分でチケットを手配する人もいるが。そうはいっても日本人は面倒くさがりや、まだまだチャレンジできる余地がある。そこで、エコツアーに注目している。エコツアーの認知度は比較的低いものの、「世界遺産ツアー」となると、とたんに人気が出る。しかし、それはエコツアーなのかどうか疑問。世界遺産登録された(合掌造りで有名な)白川には年間150万人が訪れているが、平均45分しか滞在していない。屋久島は年間6千人から5万人に急増した。エコツーリズムではなく、マスツーリズムになってしまっている。観光哲学としてのエコツーリズムが必要。

エコツーリズムの旅行商品も出していてそこそこ人気がある。中高年の夫婦でリピーターも多いが、お客さんが少なくパンフレットを刷れば、刷るほどほど赤字という状態。エコツーリズムを成立させるためには、観光客の意識変化(たとえば、入山料などの負担金、ガイドにお金を払うという習慣)、地域住民の意識、土産物屋や商店街、行政などの関係者の合意形成ができるのかが重要。日本の地方にはいいところがたくさんある。それを旅行代理店がつなぐことができればいい。

講演の内容はだいたい上のようなものであったと思います。確かに「なるほど正論だ」と思うようなものでしたが、私が疑問に思ったことは「そもそもエコツーリズムという旅行商品が、大手旅行代理店のビジネスモデルに合っていない」「地域住民の合意形成は最も難しい。果たして可能なのか」などでした。

  • インターネットの影響

旅行業は、顧客の変化だけでなくインターネットの影響も受けています。ホテル・旅館がネットで予約が可能になり、飛行機、新幹線など鉄道や高速バスなどの乗り物もネットで予約ができるようになりました。ビジネスパックなどのツアーならまだしも、宿泊や交通のチケットを手配してもらうためだけに旅行代理店に行く機会はほとんどなくなりました。旅行代理店は、利益率が良かったパッケージ旅行だけでなく、手数料という金脈も失いつつあるのです。

そこでエコツアーとなるわけですが(そもそも旅行者の関心が多様化しているのに、まだツアーなの、という突っ込みは抜きにして)、ブームの世界遺産ツアーをマスツアー化(これはこれで旅行業としてはオイシイはず)するのではなく、エコツアーの哲学を守ろうとすれば、コスト的に合いません。旅行代理店の方がおっしゃられるとおり、熱心なファンはいるかもしれませんが少数で、これまで大量仕入れ、大量販売を行ってきた旅行代理店を支えることはできません。社員が食べることを考えれば、マスツアーで田舎に大量の観光客を送り込み、エコや世界遺産を「消費」するほうが良い。このジレンマを克服するためには、観光バスでやってくる団体旅行客頼みだった旅館が斜陽化して、ビジネスモデルの転換を余儀なくされているように、旅行代理店もそのコスト構造を変える必要があります。

  • 何が面倒くさいのか

「面倒くさがりや」というのは事実で、記念旅行などでちょっとリッチな場合などは旅行代理店の窓口でじっくり相談したいときもあります。「今度の週末、どこか良い温泉地はないかない?」という漠然としたリクエストがある場合もそうでしょう。しかし、わざわざ窓口に行ったものの旅行に詳しい人なら、店頭の社員よりも自分のほうが良く知っていたという経験もあるのではないでしょうか。担当者が少しばかり勉強熱心な人なら、「私も泊まったことあるんですが、雰囲気がいいですよ」とアドバイスをしてくれて、それが以前はかなり参考になりましたが、そのような口コミ情報こそネット上に溢れている今、ありがたみは薄れました。正直なところ、現状の窓口のレベルでは忙しい時間を割いてまで訪れようというベネフィットは感じられません。

  • 地域と観光客を「つなぐ」のは誰

旅行そのものの楽しみは、美しい風景やおいしい料理、地元の人との素朴な交流だとか、リアルな体験の積み重ねです。多くの観光客に来てもらいたければ、そのリアル体験を支えている地域住民自らが「こんなに良いところがあるよ」という情報(まだまだ少ない)をアップすればいいわけです。何も旅行代理店がやらなくても、大学生やNPO(なにせコストが安い)がつないでくれるでしょう。いや、正確に言うならネットと検索エンジンがつないでくれます。

ネット上に情報が増えれば増えるほど、有意義な情報を探し難くなっています。旅行代理店の窓口に求めるのは、旅行情報の「達人」です。しかし、それこそ大量仕入れ、大量販売をやってきた旅行代理店の窓口にそのようなことを求めても現状では難しいでしょう。

  • コストを下げるか知識を増やすか

結局のところ、コストを下げて対抗するか、専門的な知識を向上させるのか、どちらかなのかもしれません。旅行代理店の方の話を聞きながら、インターネットは、なんだかあらゆる業界で同じような変化を促すのだなと、思った次第です。

それにしても、大きな組織であるほど、将来のビジネスモデルとしてトライアルするものに「今の組織を支えられるだけのもの」を期待してしまうものなのですね。どのような会社も最初から今の企業規模を「確保」していたわけではないでしょう。新たなビジネスとしてトライアル→いつまでも赤字→社内的にCSRやエコという言葉で説明するしかなくなってしまう。もしかしたらそんな状況であるのかもしれません。CSRやエコに関わっている人たちからすれば、業界が「潤う」わけで、それはそれで大きな企業の存続意義があると言えるかもしれませんが、それでいいのでしょうか…