ガ島通信

メディアとジャーナリズムの未来を追いかける

「マスコミは有害無益」・特捜部長発言

東京地検の井内顕策特捜部長が「マスコミは、やくざ者より始末に終えない悪辣な存在」などと書いた文書を一部報道機関に配ったことが話題になっています。論談・記者クラブというHPにある「全文」を読みました。


「社会正義の実現でなく、社内で評価されるための功名心と左遷されないための自己保身」「捜査機関のチェックができるだけの見識と良識を持った記者に会ったことがない」とは痛烈な皮肉。おおむね今のマスコミ、特に特捜部をめぐる記者、そしてデスクたちの醜態を言い当てているのではないかと… 前打ち報道というくだらないスクープ合戦に明け暮れているマスコミの急所を突いていると思います(※参考「どっちが甘いのか」)。

もちろんすべて井内部長の言い分に同意できるわけではありません。「巨悪を眠らせない」などといういわゆる東京地検特捜部神話は、メディアと特捜部の合作だということです。特捜部は政治家逮捕等の際、事件概要を前打ちさせることにより世論を形成、国民の声をバックに聖域とされた政治家の汚職に切り込んだのです。マスコミをうまく使ってきた。ですから、今になって都合が悪くなったから、特捜部長が失敗が怖いと(正直で私は逆に好感が持てましたが)言ったり、「有害だ」と批判したりするのはどうかと思うのです。それに、事件がつぶれたり(最初の金丸事件のように自ら政治に配慮してつぶしたこともあるではないか!)、捜査対象者が自殺するのは特捜部の捜査が甘いのであり、単なる失敗です。ただ、それもこれもマスコミの責任と言われても仕方がない部分があります。

特捜部を神話化させ「調子に乗らせた」のもマスコミの罪です。私は駆け出しのころ司法担当を3年間していましたが、検察幹部にかわいがられました(つまり体制派記者。私にも責任の一端があります)。一緒にヘタなゴルフに行ったり、飲みに行ったり… 極論で言えば、当時私は検事と「うまく」やっていくことしか考えていませんでした。特捜部を担当した記者にも知り合いがいますが「検事、事務官は自分たちが『神』のように立ち振る舞う。やってられない」と愚痴っていました。それで、何をやっているのかというと、ご機嫌取りなのです。それはまだ疑問を持っているだけ良識派(笑)です。例の行進しての入場(家宅捜索)を見て、「いやー 生で見ると興奮するね。さすが特捜部」などと礼賛する記者もいるほどです。そこには、捜査機関をチェックしようなどという気持ちは微塵もありません。

検察記者がやるべきことは井内部長を批判することでも、野党に資料を持ち込んで政局にすることでもありません(してても上っ面だけですが)。捜査が適切かどうかしっかりとチェックするとか、三井氏が主張している調査活動費を取材して、特捜部をしっかりと検証すべきでしょう。でもできない。どんな小さなことでも他社に抜かれるのは許されないからです。つまり「保身」。井内部長は(言葉はかなりあおり気味ですが)そこを見切っています。マスコミはキレイゴトで塗り固めているというのを… それに、あんな文章を配布しても、担当記者は部長や特捜検事に尻尾を振るしかない。井内部長は、特捜部の忠犬ハチ公をさらに忠犬にすべく、主人としての態度を表明したに過ぎません。

新潟中越地震のときもそうですが「マスゴミ批判」は私自身も含めてマスコミ自らが招いています。今のマスコミはどうしようもないかもしれません。だからと言って「マスコミは信用できない。規制しろ」「マスコミをたたけ」というのもどうかと思うのです。本当にマスコミを規制することが国民や市民のためになるのか。dawnさんの言う「誰かが得をする」という構造はマスゴミ批判にもあるような気がするのです(決してマスコミの罪を免責しているのではありません。


追記(1月31日) 皆さんいつもご意見ありがとうございます。ワンツさん。これは最初のころから私が言い続けていることですが、マスコミは国民の批判を受けるべきですし、自浄作用については状況は厳しいですが、少しずつやっていくしかない(*参考「マスコミに自浄作用はあるのか」)と思っています。トモフさん。私もマスコミ自らが今の状況を作っていると思っています。井内部長の案件については、決して「国民の知る権利」といえるものではありません(井内部長がどういうマスコミ観を持っているのか知ることに一定の役割はあったかもしれませんが)。トモフさん、Tombowさんへ、だからといって公的機関がマスコミを監視するという考えになるのはどうしてなのでしょう? 確かにマスコミは無反省です。しかし、中越地震のときにも思ったことですがネット界の「マスゴミ批判」はリアル(湯川VS切込隊長論争みたいだけど…)なマスコミの現場にあまり届いていません(私には届いていますが…。コメント欄を読んでいると辞めたくなるときがあります)。偏向新聞が嫌ならNHKの不祥事のときのように不買運動を呼びかけることも出来るはずです。マスコミを監視するNPOを組織することもできます。「私たちが言っても何も変わらないでしょ」と政府にお願いするのは順番をいくつか飛ばしていると思います(これは私の意見です。別に「政府に監視させろ」という意見もあるでしょう)。

これはお願いなのですが、できればこれまでのエントリーも読んでいただいた上でコメントをいただければと思います。