ガ島通信

メディアとジャーナリズムの未来を追いかける

忍び寄る影

「無罪」。自衛隊の立川「イラク派遣反対」のビラを配布し、住居侵入罪に問われていた市民団体の3人に無罪判決が出ました(中日新聞の記事)。
この事件の問題点は、下記の参考HPをごらんいただくとして、私の注目はこの問題を各紙がどう扱うかでした。朝日は一面トップで社説ありでしたが、毎日そこそこ、産経はさらり。読売、日経にいたっては探しましたが記事が見当たりませんでした(地域や版によって違うでしょうが)。朝日を除いては冷淡な扱いと言ってよいでしょう。朝日の突出した扱いが目立ってしまったことで「また朝日か」「変なやつらがギャーギャー言っているのだ」というムードすら漂っています。
事件はビラまきという日常的かつ些細なことが「イラク派兵」という国家的プロジェクトに反対したときに、逮捕までされてしまうという重大な出来事で、仮にも民主主義を名乗る国であってはならないことです。私は「危機感」を持って報道すべき内容だと思います。
東京新聞は「こちら特報部(大沢市議のHP内にあった)」で詳しく紹介し、同紙の記者は新聞労連の会合で『こうした問題は書きにくくなっている。しかし、それは自分たちが書いてこなかったツケだ。警察の無法な振る舞いに対してもメディアは見逃し、問題視せず、緊張感を持っていなかった』と話し、市民団体の人は『テレビはテロと関連付ける報道があった。海外メディアは早くから不当性を伝えたが…』(いずれも新聞労連報11月1日)と日本のメディアの反応の鈍さを打ち明けています。実際、ググってもほとんど新聞社のサイトには当りませんでした。
こういう問題こそメディアがスクラムを組まなければならないと思います。奈良の児童殺害事件では「メールがどう」とか「不審車の色が紺だ白だ」とスクラムを組んで不安と事件の異常性を煽りまくっていますが、「力を入れるのはそっちじゃないだろ!」と言いたい。しかし、ジャーリズム考現学さんのブログのコメント欄でも酔っ払い記者氏が指摘していますが、権力にこびへつらい、何の疑問も持たないような記者があふれるような構造になっているので、現実は非常に暗いといわざるを得ません。
メディアの問題点を書くとキリがないので、市民団体について話します。注意しなければいけないのは、もはや日本において「市民団体」や「戦争反対」という言葉やイメージそのものが、左、赤、そして胡散臭いものとして認知されているということです。
彼らは「正しいことをしている(何が正しいのかは別にして)」と信念を持ってやっているわけですが、思い込みが強すぎて奇異に見える場合がある。服装も多くの場合小汚く、虐げられた自分に酔っているようなフシすらある。これは、労働組合、環境保護団体、NPOなどにも見受けられます。今や戦争にすら広告代理店が介在する時代。「ビジュアルや演出も大事」と思うのですが、そういうことをちらりとでも言おうものなら「軟弱だ」とか「一生懸命やればわかってくれる」など精神的な運動論を展開されてしまうことが多く、嫌になってしまうのです。それでは、うまく世間にアピールすることができないし、多くの人の支持を集めることはできません。
ビラまきやデモ、集会もいいでしょう。「総括」や「徹底糾弾」「平和と人権を守る」「憲法9条を守れ」もいいでしょう。平和や人権は本当に大切ですが、そのような言葉そのものに多くの人が胡散臭さや嫌悪感があることも知らねばなりません。それは、55年体制の中で置き去りにされたような旧態依然とした運動を展開してきた人たちにも大きな責任があります。「息苦しい社会」を作り出しているのは、権力側だけではありません。多くの人がそういうムードを「是」とするからこそ影のように忍び寄り、広がっていくのです。
今回はラッキーにも「無罪」となりましたが、この真っ当さもいつまで続くか分かりません。時代に応じたアピールと世論喚起の方法を考えるべきでしょう。純粋や一生懸命だけでは世の中にはひびかないのです。
*参考HP 東京都立川市議・大沢ゆたか氏のHP(各メディアの記事や裁判、集会の報告などもあり) 「立川・反戦ビラ弾圧救援会」(カンパ募集など)

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