ガ島通信

メディアとジャーナリズムの未来を追いかける

取材の現場から1:出来ることは撮る事

私たちマスコミは何ができるのか。ここ数日考えてきました。被災者のプライバシーを踏みにじるマスコミ。取材に行きながら救出されるマスコミ。功名心にかられ、スクープやセンセーショナルに走る。最低です…。 ただそれも否定しようのないマスコミの側面です。一方、何とか現地の様子を伝えたいと取材活動をしている人もいます。紙面のスペースで伝えきれないことや、「ネタにならない」とデスクに言われて歯がゆい気持ちを持っている、そんな一面も知ってもらいたいと思い、現地に入っている何人かの私の友人にリポートをお願いしました。ネットに蔓延するステレオタイプのマスコミ批判ではなく、今後のメディアをいかに災害に役立つものにしていくかの冷静な議論の役に立てば幸いです。
現地の状況は絶えず変化しています。筆者の考えが変化したり、表現にブレが生じる可能性が高いため、継続して読んで判断してもらえると助かります。
◆Aカメラマン◆

新潟県川口町。孤立が復旧し、昨日あたりからやっと本格的な支援が始まったところ。長い避難生活に苛立ってるはずなのに、この町の人々はマスコミに対して「ご苦労様」と言ってくれる。同町の北の奥地でもっとも復旧の遅い地域の一つ木沢地区の木沢小学校避難所では、社名の書いた腕章をみて「遠くから大変ね」と、逆に気にかけてくれたりもした。
私が神戸で被災者だったとき、こんな言葉は言えなかった。消防、医者、自衛隊、警察など目に見える支援と比べ、マスコミはいったいこの人々に何ができるのだろうか?被災者の目に触れる地元メディアならば、ミルクオムツの情報から、学校再開について仮設住宅申し込みなど被災者のための情報を流すことが出来る。
しかし、新潟と直接関係のない地方紙の役割は?ただの野次馬でしかないのか?出来ることといえば。「忘れ去られることを防ぐ」ただそれだけしかない。被災地に入って、本当に無力さを感じる。せめて、記事写真をみて1円でも多くの義援金、一人でも多くのボランティアがあると信じるしかない。
今回の取材で自分自身に決めていることがある。人物を中心で撮る場合必ず「撮っていいですか?」と確認すること。そして、撮った人と可能な限り会話をすること。みんな情報に飢えていて、殆どの場合逆取材をされることが多い。また、地震以外の他愛の無い世間話をすることもある。思い込みかもしれないが、しゃべれると人々の表情が明るくなった気がする。ただ取材されただけよりも、遠くからきた人を話ができたのほうが良いのではと思ったからだ。
じゃ、それで撮れなければどうすると言う考えもあるが、その時は撮らなければいい。でも、その人を撮らなくても読者に被災地の現状を知らせる方法はいくいらでもある。その努力をするのが私たちの仕事だと思う。(了)
今回の地震で大きな役割を果たしてきた新潟中越地震「現地発」情報ブログが11月1日で更新休止となるそうです。本当にお疲れ様でした。
・このエントリーは旧ブログより記事を移動したものです