ガ島通信

メディアとジャーナリズムの未来を追いかける

伝わるためには「引き算」の編集が必要

4月から福岡の伝統工芸「博多織」の担い手を育てる博多織デベロップメントカレッジ(DC)のユニット・ディレクターとして「ストーリー表現」を担当しています。

博多織DCでは,博多織という伝統工芸の枠組みだけではなく,福岡から「世界に通用するクリエーター」の育成を目指しています。ビジネスと感性を融合させて,伝統文化の新しい時代を実現する人材を育成するため,これまでにない新しい教育プログラムを実践していきます。(福岡市HPの博多織DC 研修生・聴講生募集から

ディレクターには、イノベーション理論の研究者である一橋大学の鷲田祐一さんや、ファッション・デザインで知られるSFCの水野大二郎さんら、錚々たるメンバーが揃い、地域発のクリエーターを育成しようとしています。

「ストーリー表現」は入ってきたばかりの6人の研修生が受ける一番最初のユニット。社会人経験があったり、高校を出たばかり、だったりと多様な背景を持つ研修生同士を知り、お互いをインタビューして記事を書いて、冊子にまとめます。

冊子は記事というコンテンツを包むパッケージ。いくら記事が良くても、パッケージがダメだと、読者に手にとってくれません。そこでよく編集は引き算と呼ばれます。コンセプトを決め、ターゲットに合わせ、たくさんの素材の中から不要な部分を削り、読者に届くように工夫します。

引き算ができていない編集は伝わりにくい

研修生が、ちょうど博多駅西口にできたばかりのKITTE博多のパンフレット(開店を宣伝するもの。街頭で配布していた)を持っていたので、引き算が出来てない編集の事例として取り上げました。

コピーは『いい休憩をしよう。』。さて、このパンフレットでは何を紹介されているのでしょうか。休憩スペースが設けられていたり、緑が施設内に配置されていたり、人口の川が流れていたり?リラックスできるお店が入っているのか…

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中身は飲食店街の紹介でした。『いい席あります。』という新しいコピーが出てきました。食べたいトキに、食べたいモノを、食べたいシーンでおもてなし。と書いてあります。どうやら休憩=食べるということのようですが、ちょっと分かりづらい。『いい休憩しよう。』からの『いい席あります。』は勘違いした代理店の人とかがやりそうな展開のような…

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日本郵政のリリース(PDF)によるとKITTE博多のコンセプトは『だれでも、気軽に、毎日でも』で、特徴の一番最初に挙げられているのは「一大飲食ゾーン誕生」との見出しで、50店舗のうち21店舗が九州初出店と書かれています。リリースとパンフレットのコンセプトすらもバラバラ…コンセプトを統一し、メッセージは絞り込むことが重要で、あれもこれもと言葉を出してくるのは引き算の編集が出来てない証拠です。

研修生に話し合ってもらうと、福岡の人は「九州初出店」には結構弱いので、表紙に打ち出したらどうかという話になりました。飲食店が大半というパンフの中身、リリースの打ち出し、からしても妥当だと考えました。

人間国宝に伝わるパッケージとは?

さて次は研修生たちが、自分たちを紹介する冊子をどうするべきか考える番です。KITTE博多と違い、ターゲットは博多織の先生(人間国宝!)や関係者と分かりやすいのでコンセプトは絞り込みやすいはず…

しかし議論は進みません。近づいてくる終了時間。焦る研修生は「どんなコンテンツが必要?」「デザインどうする?」とアウトプットの話をし始めます。そこで聞いたのは「この冊子を読んで欲しい人が大事にしていることは何ですか?」です。明らかに「こんな時に面倒だな」という雰囲気が広がります。

最初は「本質?大事なこと?うーん」と沈黙が続き、すぐに目の前のアウトプットの話に戻ってしまいます。少し議論をフォローすると、出てきたのが「規則正しさ」でした。先生は「整理する」「順番を守る」と口癖のように言うそうです。

規則正しさというコンセプトが決まれば、素材であるコンテンツの不要部分を削り、先生がよく見ていそうな媒体で規則正しいイメージがあるものに合わせて、表紙のデザインを「真似」してもらいます。

研修生が選んだのは、文化団体の会報でした。そこで出来上がったのが下記の表紙です。  

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コンセプトを決めずに真似しない

ここで、パッケージを模倣するのだったら最初から真似だけをすればいいという意見が出てきそうですが、そうすると誰に、どんなことを伝えたいのか、というコンセプトがずれてしまうのです。

コンセプトが決まり、伝えたいことの本質が共有されるからこそ、模倣でもなんとかなります。オリジナルを作るときは当然その作業が必要なので、模倣ばかりしているとオリジナルは作れなくなってしまうのです。

なんとか時間内に終わりそうと胸を撫で下ろした時、冊子を見ると最後のページに変なコンテンツがありました。これは、きのこの山が好きという話をしたことを聞いていて、「ストーリー表現」担当者の私の紹介も入れてもらったのですが、これは明らかに蛇足で、せっかくの規則正しさも台無しです。このページを外すように伝えて、冊子は出来上がりました。

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配慮こそが引き算の最大の敵

きのこの山を使った紹介というアイデアは面白いし、加工して作るのは手間もかかったでしょう。そうすると「せっかく作ったので入れよう」となってしまうのです。研修生への配慮、そして担当者の私への配慮が、せっかく引き算した冊子を分かりにくくするところでした。

ちなみにKITTEのパンフレットは表紙を開いたすぐのページはマルイやユニクロ福岡大学の施設の紹介があり(単に概要が書かれているだけ)、3ページ目から飲食店街になります。「テナントもあるのでまず紹介しておこう」と配慮したのでしょうかね。でも、それは読者には何の関係もないことです。